案の定、波乱
4−1「正面からやりあってボッコボコよ」
昼下がりの日中、メイカと秋山は基地を出て傭兵溜まりを歩いていた。
「こうやって歩いていると、ショッピングに出かける仲睦まじい親子に見えませんかねぇ」
「ここだとお前が私を買ったようにしか見えん」
「なるほど。ではその設定でいきましょう」
ホルテンジアは大きく分けて3つの区画に分かれている。サザン川に近い倉庫街、陸に向かって一般市民が生活を営んでいる中心街、その奥にはスラムが形成されている。傭兵溜まりは倉庫街と中心街の境界辺りに存在する。大陸に根付いてきた傭兵という職業であるが、やはり平和を願って暮らしている人間が大半の世の中、印象は決して良いものではない。そうしたことから、傭兵が中心街に行くことは滅多になく、中心街から治安の悪い傭兵溜まりに来る物好きもいない。
「依頼屋、ここに来るのも半年振りですか」
二人は目的の場所に着き、足を止めた。周りと大差ない木造2階の建物で、玄関口は多少立派な両開きの扉になっている。秋山は過去を思い出しているのか、懐かしそうに顎髭をさすった。
依頼屋は傭兵に依頼された荒事を紹介する。顧客と傭兵から仲介料を貰って依頼と傭兵を引き合わせるのである。ゼンツクも初めのうちは依頼屋を利用していたが、ホルテンジアで名を上げてからは個人依頼が次々と入り、顔を出すことは少なくなっていった。
「私が行ってきますか? ……あまり歓迎はされないでしょうからねぇ」
「関係ない。お前は黙って付いて来い」
「かしこまりました」
扉を開けようとしたところ、中からガタイのいい中年男が出てきた。愛想よく笑った秋山を睨んだ男だったが、メイカの姿を見た途端、顔を背けて去って行った。男の姿を目で追っていると、少しして路地から出てきた女と合流した。
あいつは、もしかして。
背格好など、昨日ウェスから聞き及んだ女の特徴と合致する。遠くて定かではないが、女の方もメイカのことを見ていた気がした。
「メイカ様?」
「なんでもない」
勢いよく両扉を開け放って中に入った。屋内には先程すれ違った男と同じ、屈強そうな男達がそこら辺にいる。依頼書の張られた壁の前で腕を組んで唸っている者。並べられたテーブルで武勇伝を語って酒盛りしている集団。その隣では作戦のブリーフィングを行っており、奥に設けられたカウンターでは受付嬢が暇そうに自らの手先を眺めている。相変わらず、いつ来ても依頼屋は賑やかい。
扉が開いたことで、数人がメイカ達の方を見た。全員が即座に顔を戻す。その流れは波のように伝わり、すぐに屋内の喧騒が鳴りを潜めた。そんな中、テーブルを囲む男4人の一団がメイカ達を尻目に、あえて聞こえる声量で話を始めた。
「おいおい、まさかな」
「間違いねぇ、ゼンツクのメイカだぜ」
「天下のゼンツク様がこんな所に何用だぁ?」
「知らねぇのか。あの鋼鉄の棺に正面からやりあってボッコボコよ」
メイカは近くの席に座って茶番を眺めた。どこの馬の骨とも知れない若い連中である。最近調子が良くてイキっているのだろうか。肥溜めで暮らす身の程を知らぬ雑魚の戯言ほど腹の立つものはない。
「それだけじゃねぇって。守備部隊を盾にしてトンズラこいたらしいぜ」
「怖ぇ怖ぇ、そりゃ依頼も来なくなるわなぁ」
「んで、ここに逆戻りってわけか」
「今までの戦績だって、運が良かっただけのことよ。所詮は見た目どおりの甘ちゃんに過ぎねぇ。ようやくメッキも剥げてきたな」
「なんだ、お前の髪と一緒か!」
そこで一団は揃って下品な笑い声を響かせた。用意した拙い寸劇はこれで終わりらしい。思わず釣られてメイカも口元が歪む。目だけを動かして秋山を見ると、申し訳なさそうに首を横に振った。1発ぶん殴らせろというメイカの要求は秋山の判断によって見送られてしまう。今ここで乱闘が起こったとして、屋内の誰がどちらに加勢するかわからない。秋山1人で戦闘能力皆無のメイカを守るのは不可能である。
「メイカ様」
「安心しろ、これくらいは弁える」
この地は仮にも帝国の治めるホルテンジアだ。傭兵溜まりは多少融通が利くとはいえ、罪を犯せば普通に捕まるし、中心街の外ではその場で衛兵に射殺されることも少なくない。
顔は覚えた。外であったら絶対殺す。
心の中で一団に向けてそう吐き捨てた。煽られたらやり返すのが嗜みというものだ。諜報部隊に死体を持ってこさせるのでは面白くない。
メイカが何もしないとわかると、屋内は再び騒がしさを取り戻していた。なおもへらへらしている連中に見切りをつけてカウンターに向かう。
「ジョイを連れて来い」
「はーい、お待ちくださいね」
受付嬢はダルそうに返事をして店の奥へ消える。そしてすぐにジョイが現れた。
「ミスメイカ! お久しぶりです。噂は聞いてますが、元気そうで何よりです」
太った体を小洒落たスーツで包み、似合わない丸眼鏡が印象的だ。眼鏡を押し上げた額には汗が浮いていて、何とも暑苦しい男である。最後に見た姿とまるで変わっていない。
「ん、来たかブタメガネ」
「毎度クレイジーな挨拶をどうもです。機嫌悪いのですか? それに、眼鏡ならミスメイカも掛けてます」
「一緒にするな。いいか、私は眼鏡を外したとしても私だ。だが、お前の丸顔に合ってないその眼鏡を外してしまった場合、私はお前を認識できん。つまり、その眼鏡はお前の存在たり得るのだ」
「はいはいはいはい……はい?」
「そんなことはどうでもいい。依頼だ、依頼書を見せろ」
「相変わらず人使いの荒い方です。ちょっと待っていてください」
ジョイはカウンターを出て一面に依頼書が張り出してある壁に向かった。通常は傭兵自身が見合った依頼を探してカウンターに持ち込むのだが、ジョイはゼンツクの現状をわかっている。それならば、ここの依頼を管理している者に任した方が手っ取り早い。
「このくらいでどうでしょう。お勧めもあります。是非受けてくださいお願いします」
カウンター越しに戻ってきたジョイが数枚の依頼書をメイカの前に置いた。早速内容の確認に取り掛かる。報酬が安いものは論外、仕事の期間が極端に長いものも今は避けるべきだ。そうして、受ける気のない依頼書を適当に放り、舞ったところを秋山が掴んでジョイに返した。
一枚づつ最後まで読んでおいしい依頼を探す。当然楽な内容で高い報酬を得られる依頼を受けるに越したことはない。とはいえ、あまりに都合の良い依頼は、想定外の事態が潜んでいる可能性が高いのでスルー安定だ。
「あれ、誰かと思ったら……おめぇ、メイカだろ」
「あぁ?」
呼ばれたことに内心驚いた。先ほどのような間接的な挑発はあっても、直接声をかけられるのは珍しい。メイカはゆっくりと振り返った。
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