3−6「あ、やっぱりバレました?」

 またしても同じことを思ったのだろう、秋山の方へ視線を移すとちょうど目が合った。このままでは都のペースに嵌ってしまう。メイカは気を取り直して都を睨みつけた。


「知りたいことはわかった。本題に移ろう」

「そうしましょうか。メイカさんは本日お金を借りたいとのことですので、まずはご希望の金額等をこちらにご記入ください」


 説明しながら都がテーブルの上に書類を滑らせると、メイカの前でピタリと止まった。一度手にとって隅々まで文面に目を通す。特におかしな点がないことを確認して記入を始めた。


 先日アザーでの依頼に失敗したことにより、弾薬費や跳甲機の修理代、遠征費用などが丸々赤字となってしまった。さらにその結果を受けて、今後出撃予定だった依頼が全てキャンセルされる始末。また、クロが来て常時運用できる状態を維持する機体が1機増えたこともある。そこで、メイカはゼンツク立ち上げ後からしばしば利用してきた虎々に、今回大金を借りることを決めたのであった。


「えぇと……ひ、100万アーツ!? これはまた、傭兵団にしてはなかなか」


 片手で眼鏡をつまみ上げ、書類を顔に近づけて目を白黒させる都。この程度の額ならば当然審査に通るのはわかっている。そのためにわざわざ人をここまで呼んでいるのだ。つまり、この基地の規模がゼンツクの返済能力の証明である。それでも、都の様子から多少の不安がこみ上げてきた。


「どうだ、通るか?」

「ああはい! 問題ありません。期待できる駆人をゲットしたことですしね。受理します」


 都はその場で書類に判子を押して鞄にしまった。


「仕事も完了したことですし、そろそろおいとまさせていただきますよ」

「まぁ座れ。まだ話は終わってない」


 そそくさと立ち去ろうとした都の前に、移動した秋山が立ちふさがっていた。都は観念して元の位置に戻り、浅くため息をついた。


「うへぇ、厳しい厳しい。うっかり口が滑ったんですから見逃してくださいよ」

「素直に答えればな。お前、駆人をゲットとはどういうことだ」

「たまたまお会いしたんですよ。ここへ来る前、若いお二人に」

「名乗ったのか」

「いえ、追い返されてしまいました。でもすぐにピンときましたね。若いし育ちもいい。まぁ帰ってゆっくり調べてみますよ」


 こいつ、初めから。


 メイカは目の前のしたり顔をぶん殴りたい気持ちをグッと堪えた。おかしな男ではあるが、なかなか有能そうである。今後も良好な関係であるために、手を出すのはいけない。


「クソが、お前のような事務がいるか」

「あ、やっぱりバレました? どうも、改めまして。元探り屋の都です」


 金貸し屋とは難儀な商売である。金を借りたい客はいくらでもいる一方、その全員に返済能力があるわけではなく、商売相手を見極める必要がある。特に傭兵を顧客としている場合、依頼を果たして報酬を返済に当てられるかは定かでない。故に、虎々のような会社は顧客についての情報収集に全力を注ぐのである。


 そして、金貸し屋は秘密裏に得た情報を売る。倉庫街に住む傭兵の居場所や跳甲機の隠し場所などは、この地を統治する帝国軍も一枚噛んでいるので、大した金にならない。しかしクロの話は別である。次の依頼がどんな内容になるにせよ、戦闘において3機目がいることを知られているかどうかは大きい。


「そんなに怖い顔しないでくださいよ。どうせすぐに依頼受けてお披露目しますよね? そうなったらこの情報も大してお金になりません。ですから、そんなこんなで仲良くやっていきましょうよ」


 都は無理やり話を終わらせると、メイカに余裕のある笑みを見せた。これ以上は何も語ることはないという合図である。誰も口を開くことなく、しばらくの沈黙が続く。そんな時、たどたどしい足音と共に常用口から2人の男が現れた。


「よし、着いた。とりあえず、団長に、報告するぞ。奥の部屋に、いるはず、だ」

「ちょっと、待った。息、整えさせて。あぁー」


 息を切らして入ってきたクロとウェス。クロを振り返った際、メイカ達の存在に気がついたウェスは、素っ頓狂な声を上げて近づいてきた。


「お前! なんでここにいやがんだ!?」

「おやこんにちは、またお会いしましたね。……とまぁ、こんな具合にばったり」


 笑顔のまま、都がメイカに振り返って説明した。つられてウェスが不思議そうにメイカを見た。秋山がクロを見出したように、探り屋が駆人を判断するのは造作もないことらしい。


「はぁ、この時間はクロを連れて空けておけと言ったはずだ。命令違反した罰の覚悟はできてるな?」

「承知の上っす。それより団長、すぐに報告してーことが……」


 この状況、何の意味があるのかは知らないが、作為的なものを感じずにはいられない。


「チッ、手の込んだことを」

「さぁて? なんのことだかさっぱりですがね。今度こそおいとまさせていただきますよ。次は来月一回目の返済時にまた来まーす!」


 都は素早く立ち上がりウェスの横を通り過ぎて去っていく。途中、クロの肩を軽く叩いて頑張ってねと声を掛け、その手をヒラヒラ舞わせながら出て行った。


「ふぅ、大変癖のある方が担当に付いてしましたねぇ」

「オラクスの時にもウチのほとんどの情報が虎々に流れていたわけか」

「そちらは今更ですが」

「だが、わざわざ得た情報を見せびらかしたのは何故だ」

「舐められないようにですとか。あるいは本当にうっかり……」

「あいつならどちらもあり得そうで困る」


 メイカと秋山はひとしきり唸って考え込むような仕草をしてから揃って顔を上げた。


「さっぱりわからん」

「はい」


 そして、内容に付いて来られずに立ち尽くしているクロとウェスを見た。二人が息を飲む。


 こっちはこっちで面倒そうだ。


 二日目にして何を起こしたというのか。これから散々事情を聞き、付けさせていた諜報員が帰ってきたら、そいつからも報告を受けて事態を把握する必要がある。全くもって忌々しい。メイカは深々とため息をついた後、おもむろにウェスの脛を蹴り飛ばした。

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