3−2「冗談は顔だけにしとけ」

 常用口を通って基地に入った。ロビーの右手に行けば、すぐにあの記憶に新しいガレージである。多くの整備士が忙しなく働く空間を抜け、薄い壁で区切られて部屋になった所のドアを開ける。中には髪よりもたくさんの髭を蓄えた老年の男ともう一人の整備士が話をしていた。


「オヤジさん、二番機の調整完了しました」

「おうよ。そしたらちょっくらリム呼んできて乗せてやれや。あいつも注文多いからなぁ、毎回違うことを言いやがる」

「そ、それって、まさか、俺がやっていいってことですかそうですかそうなんですか!?」

「まあなぁ、そろそろ別の仕事覚えてもいい頃だろ。俺にも楽させてくれや」

「ありがとごじぁすッ!!」


 整備士は目を輝かせながら頭を何回も下げると、スキップでガレージに出て行く。その背中をいくらか見つめ、老年の男は短く鼻を鳴らした。


「なぁオヤジ、俺にも任してくれていいんだぜ」

「馬鹿野郎、冗談は顔だけにしとけ。それで、アホな事言いに来たわけじゃあないよなぁ」


 男の鋭い眼光がクロに向けられた。太っているというよりは横にでかい。デコからてっぺんにかけて禿げ上がった白髪から、そこそこの歳であることが窺える。


「えーと、どうも。クロ・リースです。反省会にもいましたよね?」

「おうよ。俺は整備長の島田だ。こいつらはオヤジとか言いやがる。昨日の操縦を見る限りだと、てめぇには世話ぁかけられそうだ」

「ぐ、よろしくお願いします」

「縮こまることはねーぜクロ。オヤジは腕がなる、機体の方は任せとけって言ってんだよ」


 ウェスの言葉を聞いて島田が鼻を鳴らす。


「それより聞いてくれオヤジ。こいつの教育係とか言われて、色々回る予定なんだけどよ。いざ説明するとなると俺もよくわかってねーんだ。だからちょっと教えてやってくれよ」

「ざけんなや。教えてください、だろうが。俺も暇じゃない」


 島田は乱雑に積まれていた木箱を2つ掴んでクロとウェスに放る。ウェスが木箱を椅子代わりに腰を下ろしたのでクロもそれに倣った。


「つっても仕方ないしなぁ。任されてやるよ」

「オヤジあざっす」


 相変わらす厳しい表情のままだが、おざなりなお願いでも簡単に聞き入れてくれた。外見のイメージと違って柔軟な人なのかもしれない。島田に対するウェスのタメ口もきっと信頼あってのことだろう。


「で、誰のとこに行った?」

「団長、秋山さん、アイゼンさん、リムさんは昨日会って、今日は山本さんと後オヤジだ」

「全員回ったか」

「ということは今名前の挙がった人がその、所謂偉い人なんですか?」

「そうだなぁ。ゼンツク全体としての決定権はメイカにあるが、久は事務関係、アイゼンは駆人、山本は諜報部隊、俺はこのガレージにいる奴らの監督だとかを任されてる。5人以外にも傭兵団立ち上げ当初からの団員はたくさんいるがまぁ、結局はどいつもヒラだ。気にするなや」

「違いねー。俺らなんか働いたらその分だけ金が貰えるって事だけ知ってりゃ十分だしな」


 思ったとおり組織体系がしっかりしている。仕事の内容こそ傭兵だが、やっていることはその辺の企業と変わらない。今の話によればクロの直属の上司はアイゼンで、同僚がリムということになる。そう考えるとまともな職場っぽそうだ。


「普段の仕事とかはどんな感じでしょう?」

「てめぇは駆人だからなぁ。適当にシミュレーションで訓練して、メイカが依頼受けて声が掛かれば戦場っつうわけだ」

「他の皆さんは何を?」

「えらい食いつくじゃねーか。勉強熱心な野郎だな」

「てめぇも見習えやバカ。まだ覚えることは山ほどある。軽く修理ができるようになったぐらいで調子こくなや」

「おう! オヤジどもの技術をスポンジのごとく吸収したら、俺が楽にしてやるぜ。ヘッヘッ」


 ウェスが拳を突き出して渾身のポーズを決める。島田はそれをスルーして話を続けた。


「まずは諜報部隊だが、あれは簡単に言ってしまえばメイカの手駒だ。戦場での斥候から情報収集、尾行に窃盗拉致監禁、殺しまで。跳甲機で戦う以外だったら何でもしやがる」


 なるほど、そういうことだったか。


 クロの情報を短期間で集めてきたのがこの諜報部隊というわけである。軍を辞めてから西へ向かったことは誰にも言ってない。なので、メイカ達が初めからクロを狙ったとは考えにくいが、これで数ある疑問の一つが解消できた。


「お前にはしばらくの間そいつらの監視がつくと思うが、まぁ我慢してくれや」


 当然入団して間もないクロに監視がつくのは理解できる。できれば山本くらいの者に就いて貰えると、警戒しても気がつけないので、その方がありがたい。


「それで、後はここか」


 島田は立ち上がって窓からガレージの方に向けられていたボードをひっくり返した。時間と仕事内容で区切られたボードのマス目が名前の書かれた紙で埋め尽くされている。


「てめぇも知ってのとおり、跳甲機の修理やら調整には人手がいるし手間が掛かる。っつうわけで団員の大半がここで働いてる。弄る奴の技量や経験なんかを考えながらシフトを組んで仕事に当たらせてるが、見てのとおり跳甲機を弄るだけが仕事じゃあない。予備パーツの仕入れから改修、それと武器の仕入れもそうだ。この他に、作戦に出向いて機体の最終調整、輸送車両の運転も俺たちの務めになってやがる」

「ゼンツクはオヤジと俺らが回してるって言っても過言じゃねーぜ!」

「過言だボケ」


 島田の説明を聞きながらボードを眺める。順に見ていくと、非番と書かれたところにウェスの名が書かれた紙を見つけた。中には黄ばんで角のめくれた紙もある中で、ウェスの紙はまだ白くて新しい。別に疑っていたわけではないが、ペーペーというのは本当のようである。それに名前の筆跡も全て違っている。


「あの、ここの皆さんは字が書けるんですか?」

「あったり前だ、書類が書けねーだろうが。俺はこれでも下の学校は出てんだぜ。こっちに来たのはそっからよ」

「整備士はどれだけいようが困らない。だから、そこそこ学のある流れもんを拾って来て雇ってんだ」


 それって僕の時と変わらない気が。


 クロはメイカと秋山が昨日のような面接を定期的に行ってはしゃぐ様を想像し、げんなりした気持ちになった。


「話を戻します。整備の人たちが忙しいのはわかりましたが、それにしたって慌ただしくないですか?」

「おうよ。実はこないだ依頼で行ったアザーで思いっきり負けてな。損傷の酷い箇所は総取っ替えっつうわけで最近はこんな状態が続いてる。更にだ、てめぇが来やがったせいで、今まで予備だった機体を調整しーの、急きょ新しいパーツが必要だのっつって、てんやわんやだ」

「……なんかすいません」

「謝るなや、てめぇにはてめぇの仕事があるだろうが。駆人が暇ぁ持て余してんのは命張ってっからで、俺らはその後ろで守られながら働いてんだ。ちっと忙しいぐらいで文句垂れる奴は俺がクビにしてやる」

「オヤジの言うとおりだぜ。こういう時は給料もいいから大歓迎ってな」


 整備士二人のなんとも誇らしい顔を見て、クロはメイカに同じような話をされたのを思い出した。


 てめぇの、僕の仕事。駆人の役割、整備の役割、それぞれの役割がある。


 他人を心配、配慮できることは素晴らしいことだが、それよりも自分の役割と真摯に向き合える人間が求められる。ここはそういう場所だ。メイカの貫ぬく信条が団の幹部、少なくとも秋山と島田には共有されている。クロはそのことに今まで以上の心地よさを感じた。


「昨日のシミュレーションの途中にはもう団長の指示が出てたっけか。クロ、お前なかなか評価されてんぜ」

「頑張りますよ。まぁ、やれることをやるだけですが」

「わかってきたな。俺からはこんなところだが、他に何かあるか」

「大丈夫です。ありがとうございました、あの……オ、オヤジさん」

「おうよ」


 島田は最後に大きく鼻を鳴らした。

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