3−3「知る人ぞ知る名店ってやつよ」

 クロとウェスの二人はガレージを後にして、再び基地の外に出た。


「そういえばウェス。ボードにあったけど、今日非番なのに付き合ってくれてありがとね」

「ヘヘッ、いいってことよ。それより腹減っただろ、飯いくぞ。今日は俺の奢りだ、ささやかな入団祝いだぜ」

「ホントに? ありがとう!」


 でも、どうだろうなぁ。


 笑顔で応答するクロだが、内心はとても不安であった。一端の傭兵が西部大都市の一般市民が暮らす生活圏まで堂々と行けるはずがないし、きっと案内してくれるのはスラムすれすれのような飲食店だろう。それは別にいい。なにも中央にいた時と同じ文化レベルを享受できるとは考えていない。一番の問題は食べ物の美味い不味いよりも、体が受け付けるかどうかである。基地の料理は大丈夫だったが、外食は危ない気がしてならない。


 それはさて置き、ウェウの心意気はとても嬉しい。気分の乗っているウェスにつられ、一緒になって意気揚々と倉庫街を歩く。このエリアを抜けると、すぐに傭兵たちのたまり場となっていて、店はその中にあるらしい。


「もし、お兄さん方。少々よろしいですかね」


 途中、ちんぴら風の男に歩みを止められた。気取られないよう目だけを動かして周囲を確認すると、周りには男の仲間どころか通行人の一人すら見当たらない。あまり関わり合いたくない風貌だが、どうしたものか。クロはウェスにそんな視線を送った。すると、ウェスが一歩前に出て肩を揺らした。


「あん? 何用だよ」


 おそらく強めに押していく感じだ。ここは大人しくウェスに任せる。


「私は“虎々ここ”という会社から来ましたと申す者ですが、お兄さん方はもしやゼンツクの関係者では?」

「あん? 知らねーよ。お前に関係ねーだろ」

「そうでしたかすいません。ではゼンツクの倉庫がどれかなんて、当然わかりませんよね?」

「あん? ベラベラうるせーな、知らねーって言ってんだろが! ああん!?」

「うへぇ、すいませんすいません」


 ウェスが少しばかり凄んだだけで、チンピラ風の男は怯えながら逃げていった。


「ヘヘッ。とまぁ、絡まれた時はこんな感じよ。何を言われてもうるせぇ知らねぇ関係ねぇで押しとおせ」

「なるほど」


 てっきり毎回最初に入る“あん?”もポイントだと思ったのだが、それは違うようだ。


「確かに俺らの傭兵団はこの町じゃちょいと有名だ。団長なんかは面が割れてるからしゃーないが、俺の経験から言わせてもらうと、自分から名乗って得することはあんまりねーな」

「よくない体験は是非前もって聞いておきたいね」

 

 クロがそう言うと、ウェスは身振りを交えて随分大げさに語ってくれた。ともあれ、この傭兵がひしめくホルテンジアで、自ら素性を晒すのは避けるべきということはわかった。


 それにしても先ほどの男、ゼンツクがどうのと言っていた。ウェスは本当に知らないらしい。誰かが呼んだのであれば、基地の場所を知らないはずはないし、一体何が目的だったのだろうか。クロは行きの道中、そのことばかりが気がかりであった。







 倉庫街の中心を通る大きな道、クロとウェスはホルテンジアの町中の方へ歩みを進めていた。坂を上り、ストッパーの上がったままになっている大きなゲートを通り抜けると、周りの景観が一変する。


 道の脇には木造の家が建ち並び、通行人や一般車両がクロ達の前を横切っていく。露店の掛け声なども相まってなかなか賑やかい。視線を上げていくと、古めかしい町並みのずっと奥にいくつかの高層ビルが見えた。全てが新鮮なクロは落ち着かない様子で辺りを見回した。


「ここがホルテンジアの傭兵溜まりな。一般社会から隔離されたやつらが快適な生活を満喫するための場所だぜ」


 道行く人々で服装などに気をつかう者は少なく、総じて厳つい者ばかりだ。かくいうクロとウェスも作業着姿なのだから、人のことを言えたものではない。


「人がいっぱいだ」

「西部最大なのはたぶん傭兵の数も同じだぜ。俺らと同じように倉庫街に住んでるのも多いからな。人がいりゃ商人連中がほっとかねー、そしたらすぐにこの活気よ。帝国統治の関係で跳甲機もんはさすがにねーが、それ以外だったら何でもある」

「へー。あれは? 店?」


 目に付いた店などを指差して尋ねると、ウェスは聞いてない事まで丁寧に教えてくれた。そうしてダラダラと人の流れに沿って道を進む。二人は食材を売る露店が集中したエリアに差し掛かった。色取り取りの食材たちが大量に積み上げられている様は、中央の市場の光景とさして変わらない。見たぶんには特に問題なさそうだ。


「基地で出してくれる料理もここで仕入れてる?」

「おう、ただまぁ詳しくは知らねーよ。食料やなんかは秋山さんが手配して、俺らぺーぺーは買い付けたもんを基地まで運ぶのが仕事な。これがすげー疲れるんだぜ」


 ウェスの返答に胸をなで下ろすクロ。外食がヤバそうという心配も杞憂に終わった。既にここの物を食べて何とも無かったのだから、近隣の飲食店でもよっぽどは大丈夫である。それよりも、荷物運びの話は聞きづてならない。力仕事は苦手である。


「もしかしてお祝いってそのついでじゃあ……」

「良かったな、一昨日運んだばっかりだ」

「ふぅ、そっか」


 再び安堵したクロの表情を見てウェスが続けた。


「嫌だったら料理担当になれば全部免除だぞ。ただし団長と秋山さんリムさんの合格が貰えたらだけどな」

「それ受かった人いる?」

「今んとこ合格率は100%だ。意外と緩いのかもな」

「不味かったら何されるかわかんないってだけじゃない? 絶対自信ある人しか受けてないよ」

「給料のいい仕事ってのはな、リスクがあるもんだぜ」


 ウェスが感慨深げに呟いた。確かにその通りだと思うが、少なくとも整備士が駆人に言う台詞ではない。


 店が出ていた辺りを抜けた後、交差点を曲がって路地に入った。道幅が一気に狭まり、建物の陰で通りが薄暗い。道を進むにつれて大通りの喧騒が小さくなっていく。


「だんだん人少なくなってない? こっちであってるの?」

「心配すんなって、知る人ぞ知る名店ってやつよ。せっかくのお祝いぐらいうまいもん食わしてやりてぇからな」

「うーん、ならいいけど」


 曲がったらすぐだと言っていた割に遠い。“すぐ”のニュアンスの違いなら良いが、道を間違えている予感は否めない。とはいえ、知らない者がうるさくするのもいけ好かないので、ここは我慢して見守ることにした。


「おかしい。全然ねー」


 終いには通行人も全く見かけなくなった。先ほどまで俺についてこいと言わんばかりの自信顔だったウェスにも、焦りの色が見え始める。


「言わんこっちゃない。一回大通りまで戻る?」

「しゃあねー。そうするか」


 案の定だ。しかし、これはこれでいつか良い思い出になることだろう。役に立つ時が来るかわからないが、ウェスのポンコツ話がひとつできるようになった。


 踵を返して歩き出したウェスの後を追おうとした時、ふと誰かの声が届いたような気がした。振り返って耳を澄ましてみる。


「——いで! 放せッ!」


 おそらく若い女の声、それもかなり緊迫した状況だ。

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