2−6「なんか強そうですけど」
クロが反射的に前の敵機に滑り込むと同時に、敵機のキャノンから凄まじい音が轟いた。クロ機は胸部から地面に接触し、各所に少なからぬ負荷がかかってしまったが、粉々になるよりマシだ。砦の壁が崩落して騒がしい中、立ち上がってすぐさま状況を確認する。目の前にライフルを構えたままのデイが微動だにせず、完全に停止していた。見ると胸部が4分の1ほど抉れている。
「————」
思わず声にならない息が漏れた。少しでも遅れていれば、クロの機体がこうなるところであった。
『機体異常なしです』
「……身体も問題ありません」
『いやー素晴らしい素晴らしい。っと、来ましたねぇ』
ゆっくりとデイが傾いていく。その向こうからはDEC-1が高速で接近していた。装備はサブ武器のハンドガンとナイフだ。不意の一撃に失敗したことで潔くキャノンを捨てて近距離戦闘を挑んできた。この敵機には間違いなく駆人が乗っている。一方でまだ息のあるAIたちは残弾尽きたのか大人しくなっていた。
「視認、いけます!」
リーチはハンドガンがある分相手の方が有利だが、一撃の重さならこちらに分がある。敵機は依然として走行で向かって来ている。一跳びでぶつけられる距離まではブレードを盾にしてジリジリと詰め寄った。
クロ機はタイミングを見計らって、初めの突撃と同じ要領で跳び出した。何度も何度も繰り返して磨いた動きだ。そう簡単に反応することはできない。狙うは胸部下の細くなっていく部分、排熱機関ごと分断する。
刃を水平にして腕部を前に突き出した。至近距離から放たれた敵機の弾丸がクロ機の速度も相まって肩部や頭部の装甲を貫く。その一発がメインカメラに当たったようで、モニターが真っ暗になった。
関係ない、やれる。感じろ。
クロはモニターが見えているかのごとく、攻撃の位置を微調整していく。刹那、両機が交錯した。胸部を貫こうと動いたナイフは速度に対応しきれず空を切り、クロ機のブレードは難なく敵機の装甲を引き裂いた。敵機は2つの塊となって、慣性のままに後ろへ転がっていく。そして、その2つは同時に爆ぜた。
「撃破……」
『お見事。メインカメラが逝ってしまいましたねぇ。まぁ損傷軽微です』
「はい、カメラ切り替えます」
モニターの映像が胸部にいくつか取り付けられたサブカメラの映像に切り替わり、視界が一段下がった。敵機がぞろぞろやって来た門の向こう側は、ここと同じように造られた空間がもう一つ続いている。その中央に敵影を見つけた。
「敵機視認」
DEC-1がライフルと大型ブレードを装備して佇んでいた。ブレードはクロ機と同じ両手持ち用と思われるが、柄の端を片手で掴んでいて刃が地面と接してしまっている。
「うわ、なんか強そうですけど」
明らかに駆人の操縦である。傭兵に多い両手持ちの大型ブレードを方手で持つスタイルだ。大抵は直立姿勢の時点でどこかバランスが悪く、実際戦ってみても大したことはなかった。しかし、この敵機にはそういったところが一切見られない。クロは直感的に敵の駆人が熟練者であることを見抜いた。
『そうですか。まぁ頑張ってみましょう。何とかなりますよ』
「了解、です」
とはいえクロ機の武器はブレードとサブ武装だけだ。雑魚だろうが強敵だろうがやれることは限られている。敵機はライフルを装備しているので、近距離戦闘は避けるだろう。とにかく詰めて壁際まで追い込む。砦の外へ逃げられても仕切り直しになるだけだ。
おそらくこれで最後、やるしかない。
クロは3度目となる突撃を仕掛ける。それに合わせて敵機も突っ込んで来た。ブレードをずったままで耳障りな音を撒き散らし、鈍い光を放つ単眼のライトが残像を残して揺れ動く。幾度となく対峙してきたDEC-1であるが、この敵機だけは異質に感じられた。ライフルも構えておらず、撃ってくるような気配がない。
『なるほど。引きずったブレードは飾りではないということですね』
得意か慢心か、敵はクロの仕掛けた近接戦闘に付き合ってくれるようだ。ただ、そんなことはどうでもいい。
速く、速く、さらに速く。
絶妙な跳躍から繰り出される突進の加速は止まるところを知らない。手足を動かす感覚で跳甲機を駆り、ペダルを踏む足は脚部を通じて地を蹴る感触を錯覚する。足裏のスパイクが地面を確実に踏みしめて抉り、爆発的な推進力を生み出す。加速につれて逆に景色は緩やかに流れ始め、やがて無音の世界となった。
急速に両機の距離が縮まる。ここにきて敵機が急停止し、ライフルを構えた。
それは予測できてる。
クロ機は敵機に向かってまっすぐに突き出していたブレードを右側に向けた。すると右に大きく傾いて瞬時に進行方向が変わった。跳躍での絶妙な調整によって減速は最小限に抑えられる。敵機の放った一発は左肩部の装甲をもっていった。
『左肩部被弾、小破』
問題ない、もらった。
敵機は急停止による勢いを殺しきれておらず、クロ機を視界の正面に捉えることはできない。相手が視認できなくなる限界まで敵機の横に回り込み、クロは敵機のブレードが未だ重そうに引きづられているのを確認した。
「ここだ!」
再び同じ要領で方向を変え、敵機に切り込んだ。ブレードを持つ左腕部は後ろに引っ張られ、胸部横の空いた部分を狙って刃を滑り込ませる。敵機は柄を掴んでいた手を逆手に持ち替えて持ち上げ、刃をこちらに向けて地面に突き立てた。無駄の無い一連の動作にクロの反応が遅れる。
「なッ!?」
刃と刃が合わさったことで鈍い金属音が響き、一際大きな火花を散らした。衝突によってとてつもない反動がクロ機を襲い、ほとんどの部位がイカれて制御を失った。互いのブレードはぶつかった箇所から欠損して、もはや使い物にならない。接触の直前でとっさに手を離した右腕部は無事だ。痛み分けとなるはずの敵機への衝撃は大半が地面に吸収され、左腕部以外に大した損傷は見られない。クロは見事にカウンターを受ける形となった。
完全にしてやられた。
『損傷甚大、すぐに離脱して——』
「でも! まだ終わってない!」
秋山からの通信を遮って、クロはすぐさま今の状況で取れる最善の行動に移った。動かせる部位を確認して右脚部横のハンドガンを取り、敵機胸部の一点、駆人の位置に向けてひたすら弾丸を撃ち込む。
「らぁぁっぁあ!」
敵機もライフルを向けようとするが、なんとか機体を押し付けてそれを防ぐ。銃身の長いライフルをこの状態で当てることは不可能だ。機体同士を密着させてバランスを取らせなくし、あわよくば転倒を狙っていく。
「抜けろぉぉ!」
もつれるようにして敵機を数歩後退させた。それでも、残り2、3発で装甲を抜けるかというところで敵機は無理やり後ろに跳躍、クロ機との間隔を離した。
互いに左腕部はだらりと下がり、反対の手で得物を構えて睨み合う。この距離では装甲の削れかけた一点だけを狙い澄ますことは難しい。何発かに1発当てれたとしても、弾数が足りない。もしあそこで、敵機が距離を空けることよりも攻撃を優先していれば、勝機があったかもしれない。しかし万策尽きてしまった。残念ながら詰みだ。
「……ここまでか。仕方ない」
そう言いながらクロは股の間にあるボタンを拳の底で強く叩いた。
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