2−5「少々遊びすぎではないですか?」
「2機! 視認!」
『機体認識、両機とも“デイ”ですねぇ』
暗視装置のでせいで色ははっきりとしないが、DEC-1に比べてパーツの凹凸が少なく、のっぺりした跳甲機2機がモニターに映る。2機はクロ機が飛び越えてくるのを待ち構えていたようで、既に射撃姿勢でライフルの銃口を向けていた。
大丈夫、動きはわかる。
AIは人間と違って緊張や動揺しないことが一番の強みだ。どんな状況であっても正確で、堅実にロックオンから命中する攻撃を仕掛けてくる。しかしそれが逆に弱点でもある。いつでも反応が変わらないのを逆手にとって、戦いを誘導してやることも可能だ。
ロックオンから射撃まであと3拍、その前に。
クロ機は両機の間を狙い、先んじてライフルを発砲する。当然弾は敵機に命中することなく地面を弾けさせた。すると、同じタイミングで2機が後ろに同じ距離だけ小さく跳躍した。
「次はもう一歩左右にランダム跳躍。お互い離れるように跳ぶ!」
クロの予想は的中。敵機は着地後間を置かず、左右に別れて跳躍した。このAIは有効射程からの先制攻撃に対して攻撃よりも回避を優先し、2段階の回避行動を取る。2段目の跳躍は互いの接触を避けるために、外側に飛ぶしかない。
この間にクロ機も壁を越える大跳躍から着地した。ここまでは想定通り、順調にことを運べている。
まずは状況把握だ。
クロは砦内部に目を向けた。並んだ照明によって外ほどは暗くない。地は舗装された平面、複数の跳甲機が跳び回れる四方空間でいくつものテントが設置してあり、壁際には跳甲機の整備できる環境が整えられている。そして敵機を挟んで奥の壁には正面の門と同じものが見えた。残りの機体が見当たらないことを考えると、あの門にも注意を向ける必要がありそうだ。
先に武器を構えなおした左の敵機の脚部を狙って応戦する。
情報による敵機の数から、一々撃破していたのでは弾がいくらあっても足りない。まずは跳躍機関の破損を狙って機動力を奪うことを優先する。跳躍機関は熱がたまりやすいので、装甲をあまり厚くできない。うまくいけば1発で破壊できる。
砦内で忙しなく跳ねる敵機に対してクロ機はほとんど動かず、1丁のライフルを片手に2機を相手取る。
敵はロックオンしないと攻撃できないので、攻撃を当てるために必ず一旦静止してから攻撃に入る。回避優先のAIであるが故に、両機を交互に攻撃していれば反撃を受けることはない。この狭い空間ならばライフルの射撃間隔を考慮しても、もう1機くらいはなんとかなりそうだ。
『クロさん、少々遊びすぎではないですか?』
10発以上攻撃を続けているが、敵機の跳躍機関が壊れるどころか、機動力が削がれる気配は一向にない。交互に1発づつ狙いを変えてノーロックで射撃しているとはいえ、確実に命中はしているのだ。ここまで損傷につながらないのはさすがに運が悪い。
「遊んでる、つもりは、ないですけど!」
砦内には侵入に気づいた駆人が着々と出撃の準備を進めているに違いない。AI機だろうが、数は減らしておいた方がいい。ここは打って出るべきか。
『新たに2機の反応です』
「くッ! 視認」
そうこうしている間に、奥の門が開き、2機のデイが投入された。むこうのデイに駆人が乗っていない保証はないが、あの動きを見る限り、この場の機体は全てAIとみていいだろう。どの道1機で敵の全機を見るのは不可能だ。必然的に攻勢を強いられてしまった。AI相手なら負ける気がしないと高をくくったものの、それでも多勢相手はリスクが増す。
やるしかないか。
クロはブリップを握り直すと一度大きく深呼吸した。そして一番手前にいた敵機を見据えた。
「行きますッ!」
クロ機の重心を前へと傾けたことで、そのままゆっくり前に倒れこみそうになる。瞬間、両脚の跳躍機関を大きく作動させて地面を這うように跳び出した。その緩急のある前進は、敵の自動照準を一瞬だけ置き去りにする。次いで右、左、右と何度も練習したタイミングで跳躍機関を自在に操る。前重心の鋭い走行により、ものすごい速度で目標の敵機に迫っていく。蹴るたびに地面が抉れ、真上に破片を飛び散らした。
速く、ただ速く。
それだけを考えて瞬く間に距離を詰めた。狙いをつけた敵機の横をすり抜け、最後に脚部から突っ込んで低姿勢で急停止。近距離から跳躍機関をしっかり捉えると、まだ振り向ききってない脚部に2発の弾丸を直撃させた。攻撃を受けた敵機は脚部の制御がイカれ、振り向き様に転倒した。
「1機!」
『お見事です、前!』
ちょうど正面近くにいた敵機に照準を合わせられ、慌てて転倒した敵機を挟む位置に跳んだ。このAIは味方を損傷させる恐れがある時、攻撃を継続することはない。よってこの転倒した機体は対AIにおいて強力な盾となる。
攻撃を止めた前方の敵機が、回り込もうと歩行を始めた。特に遮蔽物があるわけでもなく、距離も近いので一方的に攻撃する。すぐに左の跳躍機関から煙が上がり、動きが鈍った。
「2機目」
『人質を取りましたか。やりますねぇ』
「え? あの、人じゃないからいいんです!」
すぐに残りの2機の方に目を向けた。どちらもロックオンは完了しているとばかりに、万全の射撃ができる姿勢で静止している。少しでも転倒している敵機から離れようものなら損傷は確実だ。これはどう動いてもさすがに当たる。それにライフルの残弾数も少ない。
クロは一切の迷い無く、遠い方の敵機に射撃を開始した。攻撃を受けた敵機が後ろに跳び退く。その隙に立ち上がりつつ右手のライフルを捨て、左肩部に固定された大型のブレードに持ち替える。肩部武装用の炸薬が大きめの爆発を起こしてブレードを頭上に跳ね上げ、落ちてきたところを両手でがっちりと掴んだ。
「よし! うまくいった」
初めて使った炸薬式ハードポイントからの武器変更を成功させた。微かにあった感覚のズレも気にならなくなり、調子が出てきた気がする。
クロ機はブレードを盾にして胸部と跳躍機関を守りながら、撃たなかった方の敵機に突っ込んだ。後ろから転倒した敵機が攻撃してきているが、弾はクロ機を避けるように逸れていく。跳躍機関は脚部の要だ。直立もままならぬ機体のロックオンなどは意味を成さない。
距離が近づいたところで敵機が離れようと引いたのに合わせ、クロ機も跳躍で踏み込んだ。着地と同時に脚部を薙ぐ。接触した部分が潰れてバランスを崩し、きれいに仰向けに転倒した。敵機が倒れたおかげで衝撃が逃げて腕部への負担も軽減される。
即座に向きを変え、攻撃してきた最後の敵機に対してブレードに角度をつけることで弾を弾く。流れのまま4機目も仕留めてしまおうと移動を開始したとき、突如モニターに反応が現れた。
「え?」
『距離200!?』
正面に据えた敵機に重なるようにして反応を隠していた敵影は後方、先ほど開いた門前にいた。膝立ちで脇に大きなキャノンを抱えており、いつでも射撃できる体勢でその時を待っていた。
しぬ!?
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