2−4「やっぱりここしかないのかなぁ」

『クロさんが感じているであろう違いの原因、それはシステムです』

「システム、ですか……?」

『んー、ピンときませんか。仕方がないですねぇ、ご説明いたします。システムとは跳甲機の機能における一切を司るもの、およびそれらを構成する論理です。跳甲機を動かすためのあらゆることが記述されており、その記述のとおりにしか動かないわけです。と、言われて理解できる人は少ないですけどね』

「確かに。ですが、知人にシステム技師を目指していた人がいたので、ある程度のことは分かるつもりです」

『おおそうでしたか。システム技師という言葉をご存知でしたら話は早いです。実はその機体、組み込まれているシステムは既製品ではなくゼンツク独自のものとなっております』

「傭兵団でシステムを作ったんですか!?」


 秋山が言ったようにシステムは跳甲機の機能が記されている。言うのは簡単だが、その量は膨大だ。企業が雇った何十人のシステム技師達が、数ヶ月もの期間をかけてやっと完成できると聞いている。そこまでしても、機体のテスト稼動と実戦投入の直後は大量に起こる障害の修正に追われるらしい。そのようなものをただの一傭兵団が自分たちの手で作り上げたことに驚きを隠せない。


『驚いていただけるとは、やはりシステムを理解いただいているようですね。……そんなんですよ。何を隠そう、そのシステムを組んだのがメイカ様です』


 クロに2度目の衝撃が走った。どうやって完成させたのか、本当なのか。率直な疑問が浮かんだが、とりあえず一旦飲み込んだ。少なくとも、その才能の一部を現在身をもって体験している。それに、傭兵としてすぐに頭角を現したのも、常人離れした頭脳のなせる業(わざ)なのだろう。


『どうです、メイカ様の凄さがおわかりいただけましたか?』

「はい、十分過ぎるほど」 


 ついでにメイカと秋山の関係性についても少しだけわかった気がする。親バカならぬ従者バカとでも言おうか。口に出せることではないので、すぐに心の奥底に沈めた。


『もうすぐ目標地点に到着です』

「あ……はい」

『また緊張してしまいましたか?』

「ちょっと色々思い出してしまって」


 クロはいつの間にか緊張も解けて平常心に戻っていた。静かな歩行をしているせいか、聞こえてくる排熱機関の低い地鳴りのような音が跳甲機に乗った様々な記憶を思い起こさせる。学生時代、操縦の全てを体に叩き込んでくれた教官は元気だろうか。


『余裕ですねぇ』

「そんなことはないですけど、僕の場所はやっぱりここしかないのかなぁと」

『心の準備はできたということですか』

「そんな感じです」

『では、最後に武装の確認をしましょう。右手ライフル、左手索敵ランチャー、右肩部なし、左肩部大型ブレード、脚部横のサブ武器はハンドガンとナイフです。索敵ランチャーの使い方は大丈夫ですね?』

「はい、いつも撃ってましたから」


 頭部にある索敵装置の小型版を弾として発射し、射撃軌道上の上空から一瞬だけ敵を捉えて位置や数を知る。主に索敵範囲外や索敵装置が反応しにくい屋内や入り組んだ場所で使用する兵器だ。


『ただ索敵ランチャーはコストが高いですからねぇ、一発で決めてください』

「了解です」

『クロさんは気の利く方ですので、節約して戦おうかな、などと思案していただいていることかと思いますが、どうぞお構いなく。余計なことは考えずに敵の殲滅をお願いしますね』

「アッハッハ……わかりました」


 またしてもクロは思考を読まれた。この好々爺にはどこまでも驚かされる。もはや笑うしかない。


 目標地点に到着したクロは機体を停止させた。この位置ならば、敵の拠点にいる跳甲機の索敵範囲には入らない。一方的に存在を知られているという最悪の事態も考えられなくはないが、そのときはそのときだ。今は相手の状況を把握する必要がある。クロは装備した索敵ランチャーを構えるように操作した。


 木々の生い茂る山の頂上付近に建てられた砦は、来るものを拒むようにその門を堅く閉ざしている。賊のアジトにしては大規模で随分立派な構えだ。全体が見えているわけではないが、正面の塀は山の傾斜も相まってそれなりの高さである。中量のDEC-1ならばギリギリ越えられるだろう。


 クロはモニターを見ながら索敵機の弾が飛んでいく軌道をイメージした。案の定、システムによる軌道予測の可視化はなされない。経験で補える過剰な機能は取っ払われているようだ。それぐらいであれば支障はない。


「それじゃあ、撃ちます」


 クロ機が索敵ランチャーを放った。それと同時に役目の終わった索敵ランチャーを破棄し、砦に向かって走行を開始する。行動を起こしたことで存在がすぐにバレてしまう以上、ここからは音も何も気にする必要はない。抵抗される前に潰してしまうのが最良だ。発射された弾は思いどおりの軌道で砦深くの隅に飛んでいく。途中、数秒だけ敵機の反応を捉えた。


『反応あり、数2、距離400。これはおそらく常時起動、警備目的のAIですかねぇ』


 2機相手ならば正面突破は容易い。AIならやり様はいくらでもある。


 足場の悪い岩などを跳躍で回避しながら山の斜面をぐんぐんと登っていく。発射した索敵機は砦の奥まで探知できるように飛ばしたつもりだが、他に反応はない。騒がしく機体を動かしているので、そろそろ敵機は音でクロ機の位置を把握している。目の前に高くそびえる砦の外壁が迫った。


 ここを飛び越えればいよいよ戦闘が始まる。跳躍のために踏み込んだペダルに思わず力がこもった。


「クロ・リース、いきますッ!」


 クロ機は山を駆け上った勢いそのままに両脚を揃えて大跳躍。最小限の放物線で外壁を飛び越えた。

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