2−7「晩飯にでも思いを馳せていろ」

『クロさーん、生きてますかぁ?』

「大丈夫です。突然モニターと明かりが消える以外、何ってありませんから。お疲れ様でした」

『はいはいお疲れ様でした。ではそのまま下に降りてきてくださいね』

「わかりました」


 秋山との通信を終え、クロは操縦席からの脱出を試みた。しかし、慣れない駆人服が邪魔をしてままならない。しばらく狭い空間で戦っていると、操縦席の入り口が開いて、暗がりに光が差し込んだ。


「おーいどうした? 早く出てこいよ」

「えっと、すいません。引っ張ってもらえます?」

「はぁ?」


 そうして作業服の男に引き上げてもらうことで、ようやく外の世界を拝むことができた。


「あ、ありがとうございました」

「おっす、お疲れー」


 クロは窮屈さから解放されて大きく伸びをした。ここはゼンツク基地内のガレージである。メイカがしたり顔で命じてきた仕事というのは、シミュレーションのことであった。入団試験はなかったとはいえ、やはり実力は確かめておきたかったのだろう。跳甲機から脱出したクロはハンガーに伸びた足場から広いガレージを眺めた。


 巨大な倉庫を改装して造られたゼンツク傭兵団の基地。そのガレージは相当な広さをもっている。壁際にはハンガーに納められて立っている跳甲機が3機並ぶ。そして中央の辺りには武器やら跳甲機の部品などが丁寧に保管されていたり、作業中のまま乱雑に放ってあったりする。さらに搬入口の近くには輸送車両が4台と指揮車両があり、機体を起動させずともハンガーに納めた状態から輸送車両に積める仕組みになっている。設備の規模でいえば、そこらの警備会社にも引けを取らないと思われる。そのどこに目を向けても整備士たちがせっせと作業に勤しんでいた。


「お前のブレード捌き、なかなか痺れたぜ」


 声を掛けられてクロは横を振り向いた。いたのは先ほど助けてもらった作業服の男だ。てっきりどこかへ去ったと思っていたが、ずっとここにいたらしい。下にいる人たち同様紺の作業服で、歳はクロよりやや上ぐらいだろう。タバコ臭く、メイカや秋山のように教養ある人物には見えない。それについてはあの2人の方が異常なのだが。ともあれ、整備の仕事で汚れた作業服がばっちり様になる感じだ。


「見てたんですね。ありがとうございます」

「お、おう。かたっくるしい奴だな。俺はここで跳甲機を弄ってるウェスだ」

「クロ・リースです」

「知ってるよ。お前が来るまでは俺が団の中で一番ぺーぺーだったからな。今日からはブービーペーペーだぜ。ま、お前よりちょっとだけ先輩ってわけよ。よろしくな」


 手でも差し出されると思ったが、ウェスは顔の高さに拳を突き出した。どう対応したらいいものか。クロは長考した後、ウェスの拳目がけて自らの拳を打ち付けた。


「よろしくお願いします!」

「おま、イテーよ! グータッチ知らねーのかよ! まぁいいや。俺、お前の教育係に任命されたから。また後でな」


 クロの返答も待たず、ウェスは痛そうに手をさすりながらハンガーを降りていった。人当たりの良さそうな人で、第一印象は悪くない。ウェスが教育係になってくれるのであれば、一先ずは大丈夫そうである。

 

「おいクロ、たそがれてないで早く降りて来い」


 またしても見えない所から声が掛けられた。下を見ると不機嫌そうな顔をしたメイカが立っていた。その一歩下がった位置には柔和な笑みの秋山もいる。


「作戦失敗しました。面目ないです。すいませんでした!」


 そそくさと下に降りて第一声、クロは全力で頭を下げた。入団させてもらったにも関わらず、テストに近しい一発目のシミュレーションをしくじったことは大変なマイナスだ。ウェスはああ言ってくれたものの、とんでもないポンコツを入れてしまったと団員たちからメイカの評判を落としかねない。今更クビにされても困るので、誠意を見せて挽回の機会をもらうことを念頭に入れての対応だ。全くもって情けない話である。


「ん、別に構わん」

「そうですとも」

「え?」


 予想外の返答に頭を上げた。そこでメイカの顔をジッと見た。どうやら本当に怒っているわけではないらしい。メイカは溜め息をつくと、お前は何もわかっていないと続けた。


「言ったはずだ。殺したら勝ち、死ななかったら負けではない。だからお前は負けてない、むしろ駆人としての役割は十分に果たせた。それでも作戦に失敗したということはだ、お前を単機で出撃させた私がクソ野郎、責任は私にある。くだらんことに気を回す暇があるのなら、今日の晩飯にでも思いを馳せていろ。その方が有意義だ」

「は、はぁ」


 私がクソ野郎。野郎?


 真面目な話をしているはずなのに、何故かそっちの方に気がいってしまった。早速この二人に毒され始めているのかもしれない。それにしても、戦場で戦う駆人にとって、これほど頼もしい言葉があるだろうか。面接の時もそうだったが、メイカの言葉には魅せられるものがある。今の地位にあるのも納得だ。


「なんと!? 確かに……言われてみれば心なしか、胸が平たくなった気がしますねぇ。下の方も——」

「減給」


 メイカが振り向きもせず、短く冷たく言い放った。


「やってしまいました。メイカ様がツッコミを返してくれるギリギリのラインを攻めるのが堪らなく楽しいのですが、今回は攻めすぎてしまいました。体型いじりは加減が難しいですねぇ。無念」


 秋山が心底悔しそうに聞いてもいないことを漏らしていく。メイカはそれを完全に無視し、シミュレーションでの反省点をクロに話し始めた。全くもって仲が良いことこの上ない。


「あぁっぁぁぁあ! もう、あぁぁ!」


 突如、ガレージに危ない雰囲気の叫びが響き渡った。

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