1−6「首を洗って待っていろ」

 まず敵の攻撃で跳躍機関が逝った振りをしたアイゼン機から武器を捨てさせて交戦力を無くす。無論、跳躍機関が壊れたように見える細工は常時仕込んである。アイゼン機は油断した先頭のリー機をできるだけ引き付けてから門の中に跳び退き、その奥に低い射撃姿勢で隠れていたリム機の一撃で風穴を開ける。グローカス社製の装甲カスタムだろうが、キャノンの直撃を防げる機体はない。


 行動が制限される門の通過時に高火力な攻撃を合わせるのは安直な手である。しかし、その直前で不意をつくことができれは、一瞬の隙ぐらいは晒してくれるだろう。キャノンの射線上には門があるが、門との距離が近くなるほど射線が通りやすく、命中する可能性は高くなる。故にアイゼンは敵をなるべく引き付ける必要がある。


『リム、合図は任せた』

『はいはーい、任されました』


 守備部隊の猛攻によって9機にまで数を減らした敵の一団がアイゼン機に迫った。


『あとちょい待ってよー、まだ肩しか見えてないから』


 既に現在の距離では敵の射撃に反応しての回避はできない。通信を通じて緊張感が伝わってくる。リー機の得物は確実にアイゼン機に向けられている。今撃たれれば機体諸共確実にお陀仏だ。


『もうちょいー、もうちょいー、……今ッ!!』


 合図と同時に、アイゼン機が膝立ちの姿勢からそのまま斜め後ろに跳んだ。


『仕込みじゃとッ!?』


 アイゼン機が退いたことで射線が通り、リム機のサイトがリー機の胸部を捉える。


『ロックッ! いっけぇぇっぇぇ!!』


 リムの気合のこもった砲弾が空気を震わす轟音と共に発射された。地面に打ち付けられたバンカーが射撃の反動を確実に吸収し、照準地点から寸分の狂いもない射線を描く。瞬間、もの凄い金属音を響かせて遥か後方の地面が弾けた。


『は? うそ……でしょ?』

『ガッハッハッハッ! これは堪らん! あの世が見えたわぁ!』


 リー機は左の肩部にひどく損傷を負っている。しかし何事もなかったかのように進行を続けた。それ以外に損傷は見られない。


 一体何が起こった!?


 理解の範疇を超えた事態に、メイカはリム機の映像を通してリー機を睨みつけた。


『最近のシステムは性能が良いからのぉ、姿勢を整えて撃てばしっかりワシ本体のところへ飛んでくるんじゃ。そうと分かっておれば、丈夫な肩部を盾代わりにして受け流すっちゅうことはできる』


 できるはずがない、無理だ。こいつは何を言っている。


 キャノンの弾速は速く、砲口が光ったのを確認する頃には既に大破している。クスリで反応を強化して何とかなる話ではない。仮に着弾点がわかっていたとして、防ぐには砲撃のタイミングを察して合わせることが必要だ。ロックオンまでの完了時間はシステムの性能によって大きく差が出るし、そもそもロックオン完了後すぐに撃つとも限らない。


『ガオウや、お前さんの考えた対処法、ワシが証明したわ! ガッハッハッ、ちゃんと空で見ておったか?』

「チッ、人間じゃない……」


 ついに鋼鉄の棺は門を抜けた。中に入った敵機がこれまでのお返しとばかりに、次々と守備部隊に襲い掛かる。


『くッ、怯むな! さっきのように集中して撃ち込めば抜けるぞ!』

『おぉぉぉぉ! 来るな! 来るなぁぁぁ!』


 近距離で陣形もなにもない乱戦となっ城内の戦闘は完全に敵側のペースだ。守備部隊は大した損傷を与えることもできないまま壊されていく。同時に敵機はリム機を狙った。スパイクまで打ち込んで万全な狙撃体勢の機体は、固定砲台に等しく格好の的だ。咄嗟にアイゼン機が肩部を突き出すような姿勢で盾になった。


『あっぶな、アイゼン大丈夫?』

『問題ない』

「一番機、左肩部大破。他、損傷多数。少々まずいですねぇ」

「問題大ありだバカ!」


 メイカは声を荒げる一方で、努めて冷静に現状を分析する。最終的に門を突破した敵機は8機。これは想定する戦闘継続ラインを上回る。アイゼン機がこの状態では暴れさせたところで博打にもならない。もはやこれまでである。


「即時撤退。急げ」

『承知』

『……はーい』


 結局、本陣前の部隊が動くことはなかった。ゼンツクの2機は門外からアザー本社まで一直線に続く道を通り、突き当たりを左折して右面の門を目指す。


『お、おい傭兵! どこへ行くつもりだ! これ以上の逃走は許されない、最後まで戦え!』


 町の中心へ駆けていく2機に本部から怒号が飛んだ。声が震えており、焦っているのが丸分かりだ。ここで防衛している跳甲機が全滅すれば、次は住人、最後には自分たちが殺されるとでも思っているに違いない。


「おい、ひとついいことを教えてやる。敵の大将は金にならん破壊は好まんそうだ。死にたくないのなら、目標である本社を放棄して町中にでも逃げておくんだな」


 本当かどうかは定かでないし、メイカの言うことを信じてどうなろうが、知ったことではない。思惑通り、しばらくして通信の向こうが騒がしくなった。今頃本部では逃げる逃げないで楽しい議論が行われていることだろう。もうメイカに構うこともなくなった。


「はぁー、クソ……」


 今回の作戦を振り返ってため息が出た。敵の技量がメイカの策を上回り、そして負けた。


 門を閉めて完全に篭城という手もあったが、門を破られるまでの時間を稼いだとして、下っ端の残骸が多少増えただけだ。さらにリーをやる絶好の機会も失うことになる。


 アイゼンとリムの撤退が完了するまでの間、頭の中で戦術を練り直してシミュレーションを繰り返した。しかし、あの衝撃の光景が当然の実力であることを想定すると、何を仕掛けてもリーに豪快な笑い声を上げられてしまう。


「メイカ様、二人が到着いたしました」

「ん、これより作戦エリアを離脱。車両を護衛しながら安全圏まで移動した後、機体を格納だ。それから基地に戻る」

『うーん。依頼は達成ならず、だねー』

『そんな時もある』


 秋山とアイゼンは年の功か、作戦が失敗に終わっても淡々としている。リムは普通に悔しがると思ったが、どうも今回はそういうレベルの話ではないらしい。


 損害を強いられることになろうとも、最終的には作戦を達成する。そうしてゼンツクは高い依頼成功率と共に成長してきた。しかしアイゼン機が中破、同じ戦場に出た守備部隊が壊滅、防衛目標も順調に破壊される予定という大敗を喫した本作戦は、ゼンツク史上初めての完全敗北といっていい。


 クソが。


 全てのことが終わり、負けた事実に純粋な悔しさを募らせる。


『実に見事な引き際じゃったのぉ』


 そんなメイカに別れの挨拶のつもりか、リーからの通信が入った。


「お前、わざと私達を見逃しただろう」

『はて、なんのことじゃ?』


 白々しくとぼけた声を出すリー。こんな老いぼれにしてやられたのだと思うと余計に腹が立った。


「どこまでもふざけたやつだ」

『ほぅ、これだけこてんぱんにされてもワシを恐れんか』

「お前のような声を聞いただけでわかる老いぼれジジイに、ビビる道理がどこにある。次に会った時がお前の最後だ」

『ガッハッハ、よく吠えおるわ。して、また向かってきてくれるのか。今度お前さんらと戦える日を心待ちにしとるでのぉ』

「クソが。さっさとくたばれバケモノ」

『あいにく様、生きる楽しみがあるうちはなかなかくたばれんもんじゃ。まぁ、殺されん限りは、じゃが』


 この男は待っている、自分を解放してくれる存在を。スリル溢れる最高の戦いを終えたついでに死にたいのだ。それが戦場に魅せられた亡者の願い。メイカにはそんなふうに聞こえた。


 面白い。なら望み通りにしてやる。


「リー、首を洗って待っていろ」


 次は必ず勝つ。そして奴を殺す。


『よかろう小娘、それまで死なんようにのぉ。ガーハッハッ——』


 最後の勝ち誇ったような笑いが限界であった。メイカはインカムを乱暴に取ると、車内の床に思いっきり叩きつけた。

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