4.烏丸とたくさんのゴブリン
物心ついた頃から、こればかりをやって来た気がする。
つまり、戦闘を。
烏丸にとって、それは非常にシンプルな競技に思えた。
コツが一つある。相手より常に一つ先の手を打つことだ。それを守り通せば、戦闘という競技はとてもスムーズになる。
「タツミ、お前は右をどうにかしろ」
烏丸は告げて、前進する。
「俺が左」
正面から駆け込んでくる人影――朱莉いわく、ゴブリンは二人。横に並ぶのはそれが限界だ。残り二人は後方で停止した。援護するつもりかもしれない。
「いや、待った! ぼくはこういうの苦手で」
タツミが何か泣き言めいたことを言いかけたが、左右のゴブリンがほぼ同時に跳躍したので、その余裕はなくなった。尖った棒の先を、まっすぐ突き出してくる。
ひどく
真正面から飛び跳ねて、思い切り突き刺す。この攻撃方法は、戦闘というよりも、狩猟のそれに近かった。小柄な体格をカバーするための動きではあるだろうが、無防備な時間が長すぎる。
『一つ先の手』を打つには、十分すぎる隙だった。
尖った棒の先端を、烏丸はほとんど紙一重で回避した。左手の平で柄を押しのけ、掴み、引き込む。それはすべて一連の動作となった。
「ぎ」
ゴブリンは棒を奪われまいと、両手で握って力を込めようとする。
見当外れな対応、といえただろう。
その硬直の一瞬に、烏丸の右手の平がゴブリンの顔を叩いている。鼻を直撃――反射的に顔を引く暇さえ与えなかった。
そのまま頭部を鷲掴みにして、人差し指を右目に押し込む。
烏丸は思う。目を潰すときには、このやり方が確実だ。それに、その先の攻撃に繋げることもできる。
「
朱莉が何か呟いたようだが、右目を抉られたゴブリンの悲鳴にかき消された。
烏丸は手を止めない。
叫ぶゴブリンを突き飛ばす。その背後にいたもう一人のゴブリンが、援護のために尖った棒を突きだそうとするのが見えていた。あまりにも勢いがついていて、その動作は止まらない。
突き飛ばされたゴブリンの背中から腹部へと、尖った棒の先端が突き出た。
血に濡れた先端。烏丸は一瞬だけ観察した。どうやら棒は金属製で、芯は中空。鉄パイプか何かを斜めにカットしたもののようだった。
串刺しになったゴブリンは、さらなる悲鳴とともに体を痙攣させる。
「タツミ、そっちは終わったか」
烏丸は痙攣するゴブリンの手から、尖った棒をもぎ取った。とどめの一撃を胸部に突き刺し、振り返る。
「ごめん」
ちょうど、タツミが仰向けに蹴り倒されるところが見えた。
「全然ダメっぽい! 助けて!」
タツミにのしかかるようにして、ゴブリンが大きく棒を振り上げた。そのまま胸板にでも突き刺すつもりなのだろう。烏丸は振り返る勢いをそのままに、体を捻りながら尖った棒を投げる。
風切り音。
直後には、タツミを襲うゴブリンの首筋を、尖った棒の先端が横ざまに貫いていた。
「げえ」
顔面に血の雫を浴び、タツミが呻いた。
「正義のヒーローにしては、えげつなさすぎるんじゃない?」
「かもな」
烏丸はそれだけ答えた。
正義のヒーローをやろうと思ったときに、決めたことがある。敵と定めた相手には、容赦はしない。慈悲もかけない。そういう存在でありたいと思ったからだ。
意識を即座に切り替えて、烏丸は残りのゴブリンに目を向ける。
まだ後衛に二人いた。
自らを鼓舞するような奇声をあげて、飛び掛かってくる。烏丸はそれを迎撃するべく、また構えをとった。右足を後ろに引く。尖った槍の先端は、どちらも烏丸を狙っていた。
突き出されてくる。
それを捉えようと、烏丸が呼吸を整えたときだった。
「伏せてください、烏丸様」
落ち着いた朱莉の声に、烏丸はある種の予感を覚えた。
背骨のあたりを、生ぬるい液体が流れるような予感だ。烏丸は自分のそうした勘に、可能な限り従うようにしている。膝の力を抜き、即座に身を沈めた。
瞬間、光が眼前で弾けた。
ばっ、と、空気が裂けるような音がした。
あるいはそれは、小規模な爆発だったのかもしれない。烏丸は熱と、それから衝撃を額に感じた。鼓膜が痺れる。倒れそうになるが、手を地面について堪えた。
光も音も衝撃も、ほとんど一瞬の間のことだった。
収まると、そこには上半身を粉砕されたゴブリンが一人。あちこちに焦げた肉体の破片が飛び散っている。残ったもう一方のゴブリンは、土壁に叩きつけられ、首が曲がっていた。体の半分が焼け焦げている。
どちらも、もう動かない。
「うまくいきましたね」
うなずいた朱莉は、奇妙な器具を担いでいた。
最初、烏丸はそれを重機関銃かと思った。が、それよりもさらに大きく、形状も異質だった。こんな器具は見たことがない。
黒革のケースが部分的に展開して、内側からはエンジンのような機関が覗いている。そこから伸びているのは、銃身のような銀色の軸――ただし、銃口はない。銃と金管楽器とエンジンを強引に混ぜ合わせたような、歪な器具だった。
「あ、これですか?」
烏丸の視線に気づいたのか、朱莉は自分の器具を掲げてみせる。
「私の魔法使いです、ちょっと大きいですよね?」
突拍子もない単語に、烏丸は何を答えるべきかわかなかった。まだ倒れたままのタツミに視線を向けるが、首をわずかに振られただけだ。
代わりに、朱莉が早口に喋りだす。
「メイザース・シリーズのマーズⅢです。お嬢様の特別な計らいで大幅にカスタムしていただきました。ご覧になった通りトランジットを絞って、収束率を非常に高めてあります。あ、もしかして――いまの
「そうだな」
朱莉の説明らしきものは何一つとして理解できなかったが、烏丸は肯定することにした。聞き返す意味がなさそうに思えたからだ。
「ですよね、驚きましたよね」
だが、朱莉は我が意を得たと感じたのか、さらに説明を重ねようとした。
「専門職人の方にベースはお願いしたんですけど、私、自分でも結構カスタム頑張ってるんです。できればエンジン部分の色味も統一したいので――」
「いや! いや、ちょっと待った! 歓談してるところ悪いけど」
タツミが不意に大声をあげた。
いつの間にか起き上がり、坑道の闇の奥に目を凝らしている。少し先で、左右に分かれた分岐路がある。天井から黄色い光を放つランプは、まだどちらにも続いているようだ。
「――いまのゴブリン、斥候だって言ったよね?」
「ええ」
朱莉はうなずいた。
「地底湖にある彼らの集落から、こんな入口付近まで斥候を出すことは滅多にないのですが。道に迷うことも多いので」
「ってことは、斥候がいるなら本隊もいるってこと?」
「そうですね。ただしゴブリンの部隊は、集落の近辺を巡回しているのが通常です。守るべき集落から遠く離れることは考えられません」
「じゃあ、どうやら異常なことが起きてるみたいだね」
「なるほど」
烏丸は、タツミが何を言いたいのかを察した。
「さっきの悲鳴や奇声が問題だったな。本隊に聞かれたか」
「うん。足音が聞こえる。あと、なんか興奮してる奇声とか」
タツミは耳に手を添え、左の方を指さした。
「あっちの道からだな。ぼくは人より感受性が二百倍くらい豊かだから、なんとなくわかる。あいつらに見つかるとヤバいと思う」
「まあ」
朱莉は口元に手を当てて、やや間延びした感嘆詞を口にした。
しかし、そこからの動きは速い。朱莉はケースを抱えて走り出す。がしゃ、と、重たげな音が響き、半開きになっていたケースが閉じる。金属の軸も引っ込む。
「急いでここを移動しましょう! ゴブリンの集落に、何か起きているようですね。お嬢様が心配です」
「そうだな」
朱莉の後を追おうとして、烏丸はゴブリンどもの尖った棒を拾い上げる。武器はあった方がいいだろう。予想もつかないことが、まだ起きそうな場所だ。
そして、何かを計るようにタツミを一瞥する。
「――お前は、どうする?」
「ああ」
タツミは一瞬、後ろを振り返った。ここへ降りてきたときに使った、上へと続く梯子がある。
「あの梯子、めちゃくちゃ長かったよね」
「それなりにな」
「上ってる間に追いつかれそうじゃない?」
「努力次第だ。自信はあるか?」
「自信だって? 記憶喪失のぼくに、自分の何を信じろっていうんだ。きみらと一緒にいた方がまだマシだよなあ、これって。もう最悪じゃん」
「だったら、急げ」
烏丸はもう一本の尖った棒を拾い上げ、タツミに放り投げた。それを彼が受け取るかどうかまでは確認しない。地面を低く飛ぶように、走り出す。
「どうやら予想外のことが重なっているらしい。要救助者の状況が気になる」
「あ、そっち? 気になるのはそっちなわけ? ぼくは自分の今後が気になるよ!」
坑道に、三人分の足音が響き始め――すぐにそれは、もう五十人分ほどの荒々しい足音に紛れて、一つの騒音を形成していった。
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