第28話 再び夕夜視点
俺は、穂弓と一緒に走っている。
3人組の女子は、さっき俺達がシモベを掃討して安全になった枝道に避難させて、置いて来た。
付いて来られても足手まといになる。
「夕夜、急ごう、ネクロスライムなら最悪だわ、あれに襲われて取り込まれると犠牲者が増える」
「何だそれ?」
「ネクロスライムは、犠牲者の肉体と融合して別の存在に作り変えるの。肉体を侵食する過程で神経を支配し、生ける死人として
「やっかいだな」
「もっと恐ろしい事が有る、ネクロスライムの犠牲者は、こちら側とダンジョンの世界、両方の性質を持つ存在へ作り変えられてしまうの。それは、つまり……」
「つまり?」
「私達が8時間経って元世界に戻った時、両方の世界をつなぐ存在になる……つまり、シモベが通れる門として機能するの。私達の世界に今朝のロバようなシモベが出てくる……後2時間43分後に起きるわ」
穂弓は、またポーチから自分のスマホを取り出し、残り時間を確認している
「……急ごう」
正直、残ったクラスの奴らには、良い印象は無い。
だけれど、見殺しにしてしまうのは寝覚めが悪い、って感情ぐらいは持ち合わせている。
それ以上に、世界とダンジョンが身近の場所に繋がって、朝のロバの様なシモベや、それより強いシモベがホイホイ現れたら最悪だ。
あっちに残して来た母と妹を思い浮かべる。
「母さん、環(たまき)……」
千里眼マップで周囲警戒をしながら、2人は走る。
途中クラスの人間に出会い、内田達と別々にダンジョンへ入った運動部のパーティーが、スタート位置への救援に向かったと知った。
「まずいわね、聖服も着ずに戦える相手じゃないわよ、逆に取り込まれるかも」
「下手すりゃ、スタート位置には、シモベでいっぱいかよ」
ってことは、シモベ化した元人間を殺す事になる。しかも大勢。
クソッ、考えてる余裕はない、穂弓と一緒に聖服の力を借りて走り続けてきたが、もうすぐスタート位置の部屋まで着く。
千里眼と索敵は、走りながら常時起動させてある。
千里眼マップ上には、もうすぐスタート位置が見えてくるはずなのに、違和感がする。
……おかしい、ここまで、すれ違ったクラスの奴ら以外に、全く光る点が無い。
これだけの騒ぎが起きていたのなら、脇道からシモベの赤い点が少しぐらいは、出てきてなければおかしい。
千里眼マップ上にスタート位置の部屋内が見えてきた。
目視ででも、直線の通路の先に、明かりが見える。
「……穂弓ストップ」
俺は立ち止まる。
さっきの穂弓との戦闘で、昔の勘が戻ってきたのか、凄く嫌な感じで背中の毛が逆立っている。
穂弓も立ち止まり、こちらを振り返っている。
「夕夜、何かあったの?」
逆だ、むしろ無い事に引っかかっている。
全千里眼マップ上に映っているのは、俺たち2人を除いて、青色が1つだけ。
1人、または、1匹のシモベが生き残っているのか?
「おかしい、青い点が1つしかない」
「誰か1人だけが生き残っているの? それとも部屋の外に逃げ出し、途中の枝道の奥に入り込んでいるのかしら……油断はできないわね」
「こちらの存在を知られたくないな」
「なら此処から先は、スキルの隠密を使って進みましょう」
隠密……自分のステータスを確認する。
・隠密 Lv.1 消費MP1/秒
あった、聖服スキルの1つ、MP消費は1秒につき1MP消費、かなり燃費は悪いけど、こんな時こその能力だろう。
「中に入るまで使おう」
「了解」
今の彼女は、俺からの連携の指示を意識してくれるようになったようだ。
今回、もし罠の場合、枝道の奥から一斉に襲いかかられる事態も考慮しなければいけない。隠密行動優先で行く。
乾いた唾を飲み込み、自分のガバメントをホルスターから引き抜く。
銃口へ
右の人差し指は、引き金から離してまっすぐ伸ばしておく。これから先、この人差し指が安全装置だ。
隣では、穂弓が自分のホルスターから、HK45を引き抜き、サプレッサーをねじ込んでいた。
「隠密をかけ忘れるなよ、俺が先に行く、バックアップよろしく」
「了解」
スキルの隠密を発動させ、2人で銃を構えたコンバットポジション状態になり、前に進む。
通路を進むと、記憶の中で嗅ぎ慣れた臭いがしてきた。
……血の匂い。
部屋に近づくにつれて臭いが濃くなる。
千里眼マップ上には、部屋の左側に青い光点が見えている。
俺は、歩いていた足を止め、左手で中にいる青い点の位置を指差し、穂弓に位置関係を確認してもらうと、彼女は黙って頷いた。
部屋の中が見える距離になって、中の様子が見えた。
最初に塩の塊、そして血溜まり。
まるで床を這って塗った様に伸びる血の筋。
血の筋の先には、人間の死体……頭の辺りから大きく出血している。
息をゆっくり吸い込み、トリガーに指をかけながら、部屋の中へ侵入する。
銃口を左の方向へ向けながら、部屋に飛び込み、部屋の隅で立っている男を確認した。
健(けん)?
背中を向けて立っていたのは、田中健(たなかけん)だった。
◆◇◆
後ろ向きに立ち、震えている田中健に、穂弓がHk45の銃口を向けている。
「よせ」
俺は、穂弓の横に立ち、左手で彼女の銃を下ろさせると、隠密の加護を解除した。
田中健に何が起きたのかを確認するためだ。
「健? 俺だ、夕夜だ。聞こえているか?」
俺が声をかけると、健の身体がビクッと動いた。
「夕夜……」
ゆっくりと、こちらへ健の横に大きな身体が振り返る。
泣いていた。
「夕夜、俺、人殺しになっちゃった」
強制ダンジョン アリス&テレス @aliceandtelos
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