オドリバにて

第5話 着替え

 ……苦しい…力が…ん?……あれ?

 なんだか、デコボコした床に寝ている?


 ……目を薄く開ける。

 薄目から入ってくる光に少しずつ目が慣れていく。

 目の焦点が結ぶ先に有ったのは……


 桃色のお尻。


 白く柔らかそうなお尻が、手を伸ばせば届きそうな近さに有った。


……ああ、お尻ね…


 夢……か……

 俺のリアルに生のお尻など無い(断言)……ならば。


 童貞で冴えない俺へ、神様が見せてくださった夢なのだろう。

 俺は神様に感謝しつつ、目の前にあったお尻に手を伸ばす。


 パーン!

 俺の頬が思いっきり平手打ちされた音だ。


 あ痛だだっ!

 んん? 夢なのに何で痛い……痛いって事は……

 って、えええ、これって現実?



 俺が目の前にあったお尻を触ろうとしてビンタされたおかげで、さっきまで学校の教室でいた事を思い出した。

 ここに来る前、教室は燃え上がっていたんだ、もう死んだのかと思ったのに、どうやら俺の体は大丈夫そう。


ペシペシペシペシペシペシ


 それより、さっきから俺の視界を塞いで、頭をペシペシしている物が有る。

 慌てて引き剥がしたら、真っ黒な仔猫がニャーニャー言って怒っていた。


 ナニコレ?


 仔猫をしげしげと見ていたら、仔猫の後ろに、さっきまで目の前にあったお尻の主が、こっちを振り返って睨んでいた


他人ひとの身体を勝手に触るな、そのままs……えっ、君って……急いでっ、夕夜も急いで全部脱いで準備して」

 裸の彼女は、小声でそう告げると、元の場所に戻ってしゃがみ込み、また上を見上げている。

 仔猫は、ちゃっと、俺の手から逃げると、裸の彼女のお尻を隠すように立ち上がって、両手を広げ威嚇している。


 この娘、さっき教室で紹介されてた転校生……如月穂弓さんだ。


 ……ん? ほぼ初対面のはずなのに、なぜ彼女は俺の名前知ってるの?

 疑問が脳をかすめる。



 ズキンッ!

 ……ぐぐっ。

 ……脳の奥から突き刺すような頭痛がする。


 ううう……

 いや、違う…

 ……知っている。

 ・・……

 俺は、彼女の事を知っているぞ。

 記憶は曖昧だけど、確信はある。

 ……でもいつのことか、ハッキリとした記憶が呼び出せない。


 不安な既視感デジャヴが胃の奥からせり上がり、軽い目眩がする。

 どう云うことだ?

  俺は頭を抑えつつ、手をつき、立ち上がろうとした時、周りの光景が視界の中に入ってきた。


 彼女の上に茶色っぽい大きな物が見える、その頭上をはい回る静脈の様な太い太い管? いや、管に見えたのは木の枝だった。

 頭上を這い回る枝を目で追うと、中央でそびえる大きな木へとつながっている。

 そして木の枝は部屋の隅々まで伸びて広がり……俺の頭上には……茶色の大きな物はイチジクだ。

 人間サイズ程のイチジクの実が先端を縦に裂いて,中の赤い湿潤な果実を覗かせながらプラーンと、部屋中に幾つも垂れ下がっている。


 何だこれ?


 不安な気持ちが湧き上がると同時に、記憶に引掛る物がある……経験した事がある?

 ……この光景は経験がある、強烈な記憶のイメージが襲ってくる。


 俺は慌てて立ち上がると、光る岩に囲まれた体育館ぐらいの広い部屋? の光景に唖然とする。

 周りにいくつも大きなイチジクの実が垂れ下がっている。

 床部分には、大小、木の根がうねるように絡まり合い、隙間なく部屋全体を埋め尽くしてる。


 部屋の中央付近には、うちの学校とは関係ない年格好の男女……上は中年のオジサンから、下は小学校高学年ぐらいの女の子……ついでに仔猫。

 統一感の無い男女10人近くの人が、裸になって、如月さんと同じようにイチジクの下で跪いていた。



意識がはっきりして来ると、後ろから声がしているのに気がつく。

「また誰かイチジクから落ちてきたぞ」「あれは加南カナンだ、これで全員来た」「おーいスマホの電波無いじゃん、ここどこよ」「うぜー帰りてえー」「あの娘達本当に裸になっちゃった」「嫌よ、皆の前で裸になんかなりたくないわ」「私は死んでないの? ここは天国じゃないの?」「ウヒャヒャ、あの娘のおっぱい揉みてえ」


 突然声が聴こえる。そちらを見ると、壁際に固まっている集団がいた。


 ……同じクラスの奴らだ。


 大勢の声が響いて聞き取りにくいが、どうやらここにクラス全員が揃っているらしい。


 なんでコイツラがいるんだ?

 コイツラさっき、教室の中で炎に包まれて転がりまわってなかったか?

 誰も怪我をして無い……いやあれは幻覚だったのか?


「君たち、ここはどこなんだ、セイフクを着るから裸になれってどういう意味だ?」

 疑問に思っていると、担任の白川が、裸の女性の近く、若くて一番おとなしそうな女の人の近くまできて、粘着質の視線で舐め回している。


 こいつ、本当にキモいな。殴って止めるか。


 俺が立ち上がろうとした時、視線の隅に小さな黒い影が飛んだ。


「なあ、きみい、答えてくれたって……」「シャアッ」「うわっ!」

 白川のセクハラが途中で遮られる。

 さっきの黒い仔猫が、白川の顔面に駆け上って、爪で引っ掻いたからだ。

「何しやがるんだっ! このやろう、う、うわ、やめてくれー」

 白川は、顔面に張り付いた仔猫を引き剥がそうと、手を降ったが、仔猫は素早く頭の後ろに回って散々噛み付いたり、引っ掻いたりして白川を裸の女の人の前から追い払った。


 ……くくくっ、ざまーみろだ。


 壁際の方からも笑い声と、「ダセー」「エロ教師」「セクハラ死ね」って声が聞こえてくる。

 裸の女の人を守った、小さなナイトは、「フウッ」っと威嚇をすると、また元いた、如月さんのお尻の前に立って、俺にお尻を見るなと立ちふさがっている。


 俺もちょっと反省をして、周りの状況把握をすることにした。

 裸になっていた男女は、いくつかのグループに分かれて固まっていた。

 その中で特に若い女の子が、転校生の如月さんを入れて、4人でグループになるように固まっている。



 どうしようかと思案してたら、胸を右手でおおった如月さんがこちらを振り返って、俺を見ていたのにやっと気がつく。

「夕夜(ユウヤ)なにしてるの、もうすぐ始まるわよ、急いで服を脱いで果実の下に入って」


 裸……

 そうだ、裸にならなくてはいけないんだ……ってなぜ?


 俺は、謎の確信と同時に、それが何故なのかの疑問に揺れていたら、転校生の如月さんが困った顔をしてる。

「もしかしてこっちに戻っても記憶は戻らないの? 全部覚えてないのね、良いわ、とにかく急いで私達と同じようにしてちょうだい」


 彼女の横には、綺麗にたたんだ学校の制服が置かれていて、一番上に下着が乗っている。


 ……白だね。


さっ!

  真っ黒の仔猫が、俺の視界からパンツを隠しに立ちふさがった。

 俺と仔猫の間に、見えない火花が散る。


 って、仔猫もどうでも良いし、パンツに見とれてる場合でもない、服を脱いで同じようにしろと? それにこっちの記憶ってなんなんだ?

 ……でも、さっきから俺の頭の中で起きている謎の確信は、その通りにしろと囁いている。


 頭で考えれば、裸になる理由に合理性は全く感じられない。

 だけど、目の前の裸になっている彼女の言葉からは、焦燥感が伝わってくる。

 そして自分の中のもう一つの声が、彼女の言うことを聞かないといけないと言っていた。


 クソッ、脱ごう、脱げば良いんだろ。

 俺も急いで、イチジクの実の下で服を脱ぎ出す。


 すると、俺の動きを見ていたクラスメートが数人動いた。

 壁際の集団の中から誰か来る。

 人数は3人。


 端切蛇はなぎだカミル…ドイツ人ハーフで195cmの巨漢。

 剣道部でインターハイに出場を決め、昨日の全校朝礼に行われた壮行会では、壇上に上がっていた。

 そう言やこいつ、クラスで起きていた集団イジメのグループからは、完全に別れてたな。

 友達のいない俺にも、用事が有れば普通に会話もしてた気がするが、特に仲がよくなる程は縁がなかった。


 次に見えたのは……制服に身を包んだ女子?

 嘘だろ、これから裸になるんだぞ?

 って思って顔を確かめたら、よく知っている女子だった。

 委員長の吉祥院きっしょういん美鈴みすず……


 ああ、委員長みすずも来たのか。

 彼女とは、小学校の時、同じ登校区域で6年間毎日一緒に登校していた。

 子供の頃は、バカな事ばかり喋る俺をたしなめる役だったな。

 だけど、中学に入って別々のクラスになると疎遠になっていた。

 確か、中学の時学年でトップだったのに、家から近いからって理由だけで、うちの高校に来たと聞いていた。

 ちょっと地味だけど、頭の方も良いのに、彼女(みすず)もインターハイ出場を卓球部で決め、昨日の壮行会で壇上に上がったスポーツもできる女。

 思い出してみれば、彼女もうちクラスでは、イジメグループと距離を取っていて、他の女子グループから浮いていた。


 意外なのは、3ヶ月ぶりに学校にきた田中たなかけん

 160cmと小柄でいつもオドオドしていたが、入学の日の教室でたまたま席が近くになり、話してみると気があった。

 1年の時は一緒にゲームで遊んだり、サバゲーに誘ってて、この学校で唯一、俺が気を許せる友達だ。

 1年生の終わり頃から、クラスの不良が本格的にターゲットにすると、扇動されたクラスの大半からイジメられるようになり、助けようとしたが、ある事件をきっかけに、逆にイジメは激しくなって、彼は学校に来なくなった。



 この3人が、服を急いで脱ぎながら、イチジクの実の下へとやって来る。

 すると何故か、俺の隣に素っ裸の巨漢、端切蛇はなぎだカミルが座ってくる。


 俺の隣になぜ? と思ってると、彼が口を開く。

「へへへ、俺結構オタクだからな、教室で火を吐くロバとかここの光景とか、この異常事態はヤバイって分かるよ」

 と、笑ってる。

「あ、ああ」

 変な奴だな。俺は曖昧な返事を返していた。


 ちょっと離れた場所で座ってる田中を見ると眼が合った。

 お互い、少しはにかんだ笑顔で会釈する。

 壁際を見ると、まだ大半のクラスメートが残って、不安気にこっちを見ている。


 その時だった。


パカパパーパパーン♪ パンパンパン♪ パカパパーパパーン♪


 変なファンファーレが、イチジクの中から鳴り響いてきた。


「ポヨヨ〜ン! じゃーゃじゃーん〜」


 頭の上にある、先が割れて中が見えているイチジクの中から、何かバスケットボールぐらいの白い物が飛び出す。

 他のイチジクの実からも同じような物が飛び出てくると、一斉に喋りだした。

「「「やあ、みんなー準備はいいでちゅかあ〜。可愛い可愛い天使ちゃん登場でちゅ〜」」」


 ……え、何?

 目が点になる。


「「「あれれれえ? そこの人達い、そんなとこに居たらセイフク・・・・が着れないでちゅよお、いいのでちゅかあ?」」」


 イチジクの実から飛び出してきたモノは…天使?


 ホッペタにクルクルな@マークのようなのが付いた、可愛らしい天使達が全員で一斉に喋っている。

 全く同じ動きで、背中についた小さな羽をピコピコ羽ばたかせ、全く同じタイミングで、全く同じ言葉を喋っていた。

 部屋の隅に集まっていたクラスの奴らは、唖然としたまま微動だにしない。あまりの事態に脳が追いついてないんだ。


 ……なんだこれ?

 見た目は可愛いのに……異様だ。


 横を見ると、そこに生まれたままの姿で跪いた如月さんは、表情を見せずにただイチジクを見つめている。

 他の裸の男女は言うに及ばず、仔猫の奴まで、近くのイチジクの下に入って、上を見ながらちょこんと座って待っている。


 ……これから何かが始まるはずだ。

 自分の中の確信が、そこから動くなと囁く。


 俺も彼女達と同じように、イチジクを見上げてその瞬間を待つ。


「「「まあ良いでちゅ、それじゃやるでちゅよ、心の準備はいいでちゅかあ? いっくよー、えーい」」」


 天使の合図で、イチジクのパカっと割れた実の中から金色の液が、ドバドバと顔の上へ降ってきた。

 ハウッ!

 天使の方に気を取られていて、まともに被ってしまった。慌てて振り払おうとしたが身体が動いてくれない。

 そのまま金色の液体は俺の身体全部を包み込み、毛穴を含めた全身の穴の中へと侵入を始める。

 …

 なんだこの感覚。

 ……

 俺は…経験があるぞ……

 そうだ…これ…は……

 集中力が急速に高まり、何か思い出せそうだ、もう少し……。


「あんっ」


 なっ?


 もう少しで大事な何かを思い出しそうになっていたのに、近くから聞こえた声の方が大事だと、男子高校生のゴウ(エロ回路)が反応してしまった……

「やっ、そこっ」「ハウッ」「はあん」

 少女達の甘い喘ぎ声が聞こえてきた。


 そっちへ気を取られた瞬間、途轍もない快感が沸騰して、俺の全身の穴と言う穴へとねじり込んでくる。


「あっー」


 頭の中が真っ白になった。

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