第6話 セイフク

 気がつくと、木の根がビッシリと張り巡らされた床に、赤ん坊のように丸まって倒れていた。


 身体の自由は? ……動く、いける。


 手足を伸ばし、身体が動く事を確認した。

 上を見上げると、さっきまで人間の大きさだったイチジクの実は、中身を失って萎んでしまい、だらしなくぶら下がっている。

 感覚的に、ほとんど時間は経ってないみたい。

 一瞬だけ気を失っていたのか?

 立ち上がろうとすると、自分の腕の表面を覆う物が見えた。


 金色!?


 首から下、腹や足の先まで金色のピッチリとした物が身体の表面を覆っている。


 うわー、これはないだろ。

 は、恥ずい。

 何だこりゃ?

 全身ピッチピチのキンキラじゃないですか。

 さっきの天使がセイフクって言ってたけど、これって全身タイツですよね。


 全身金色だが、両手の掌には、七色に光る文字のような記号が集まり、魔法陣を作り出してる……


 えっ……これ…は……この魔法陣は、厨二病魂的にアリだな。


 すぐ近くに見える如月さんも、ピッチリと体を包む全身タイツを着て寝そべっている。

 如月さんの全身タイツは……青銅色といえばいいのか? 金属の様な光沢を放っている。

 こちらから見える彼女の手にも、俺と同じ魔法陣があったけど、俺より色が足らないような気がする。

 近くの黒猫も、金色の全身タイツを着て転がり、こっちに見えている肉球にも、魔法陣が書かれている。


 ……何の模様だろうか?



 俺が呆然と自分の全身タイツ見ていたら、表面に変化が起きていた。


 身体の表面がムズムズする。


 俺の金色全身タイツは、ゆっくりと黒色に変化していき……いや、光の当る角度で金色に見える黒だ。

 心臓が鼓動する度に、全身タイツの表面が波打ってにうごめき、変形していく。

 最初は、身体の表面にピチピチだったタイツも、最終的には、変わったデザインの服へと変形した。


 自分の首元を触ると、学生服のカラーのように詰め襟になっている。

 開いた胸元から覗く金色の石は、薄闇の中で怪しく光を放つ。

 胸の周りには、光る石から金色の複雑な糸が伸びて刺繍のような魔法陣を描いてる。さらに魔法陣から枝が伸びる様に、全身へと、細く糸が伸びていた。


 服のデザインは、学生服を……えっと、王族風にした感じで、前に見える大きめの金色のボタンには複雑な模様…これも魔法陣か? が、鉛筆の芯のようなテカリの有る黒色に映えていて、厨二魂を微妙に掻き立ててくれる。

 ズボンは細身なのに、体の動きを邪魔しない。

 その下には、膝下まであるブーツが見えていた。


 ……気がつくと、金色タイツから、何の材質でできているのか分からない、豪勢な服へと変化していた。



 周りを見ると、最初から服を脱いでた男女も起きたようだ。


「はあ、やだもう、毎回これじゃん」「うう、恥ずいよお」「うう、キモい、ヤダ」

 転校生の如月さんの近くにいた女の子達が、ブツブツ言いながら起き上がる。

 

 彼女達は、ピッチリとした全身タイツを変化させ、首から上には何も付けてないが、各自、微妙に色や形の違う奇抜なデザインの服を着ている。

 複雑なデザインを施した奇抜なデザインの服……テレビのニュースで時々観る、パリコレクションの映像に出てくるような、スタイリッシュでカッコいいけれど、どこで着るんだその服って感じの服? を着ていた。


 近くに居た如月穂弓さんを見ると、胸元を大きく開き、埋め込まれた光る石を露出させた上着に目が行く。

 その上着は青銅色を基調として、エンボス加工で幾つものバラの花柄を意匠したデザインで飾られてる。

 身体の線は出ているのに、全く動きの邪魔をしていない。

 いったい何の素材で出来ているのだろうか?

 服の表面には、バラのツルで不思議な模様……魔法陣? が描かれていた。

 腰付近には道具を入れるポーチや、ガンホルスターのような物までデザインの一部として付いている。

 下には、いくつものヒダがありフワッとした感じの短いスカートに、青銅色のタイツの足が覗き、膝下まであるロングブーツが全体を引き締めている。


 ……

 ああ、そうだ、この感じだ。

 こんな服装の男や女達と一緒に、ダンジョンの中を駆け巡ったイメージが頭に浮かぶ。


 俺が頭に浮かんだイメージの断片を拾い集めていたら、さっきの仔猫が、俺の前を横切って視線の中に入ってくる。

 黒猫の癖に、タキシードを着ている。真っ白のシャツの襟と袖が目立つ。


 どう見ても「ドヤ、撫でてもええんやで」顔でこっちを見て、おもむろにゴロゴロ転がってくるので、無視してやった。



 周りを見渡すと、他にまだ黄色の全身タイツを着て倒れたままの人がいる。端切蛇はなぎだと吉祥院、そして田中だ。

 彼らも起きると、全身タイツが変化して服になっていた。

 端切蛇はなぎだ達の着ている服も、学生服をベースにデザインされているみたいだけど、色は黄色を基調にして、俺の服よりも派手だが、兵卒が着るような軍服の雰囲気がする。



 ふと視線を感じて振り返ると、如月さんが俺を見て、少し泣きそうな顔で立っていた。

 初めて教室で見たときからあまり表情を見せなかった彼女が、その表情を歪ませている。


 なぜだろう? 見つめ合っていると俺も泣き出しそうだ。

 彼女に直接疑問をぶつけてみるべきだろうか?


 俺は、彼女へと口を開いた。

「あ、あの……」


 その時だった。


「「「はーい、注目でちゅー」」」

 俺の声を遮るように、頭上の天使たちが一斉に喋りだす。


「「「前回3ヶ月前にダンジョンを攻略してからまた新しいダンジョンが生まれましたでち、発表するでちゅよ、新しいダンジョンは……」」」


 ダンジョン!


 その言葉を聴いた時、俺の心臓が大きく跳ね上がった。


ドララララララララララ♪


 どこからともなくドラムロールが聞こえると、全部の天使達が口を閉じ、溜めを作る。

 俺はどう反応すれば良いのか解らず、周りを見渡す。

 セイフクを着た女の子達の顔が見えた……他のセイフクを着た人も青い顔をして震えている。


「「「てれれれれ、でん! 怠惰のダンジョン、ダンジョンタイプは二層型でちゅー」」」


 天使が口から言葉が漏れると、周りの緊張感が、ひと目で分かるぐらいほどけたのが視界の隅に写る。

 如月さんも、ホッとした表情で天使を見つめている。


 怠惰のダンジョンか……何かの意味があるのかな?

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