第4話 惨劇

 突然の惨劇の中、頭上の魔法陣から光のカーテンが降りてきて、円筒状に結界が貼られ、炎が避ける。


 教室中では、炎が這い回り、クラスの人間を生きたまま松明に変えていた。



 俺は、安全な場所に立ち、呆然としたまま地獄の風景越しに見えている光景を見つめている。

 燃え盛る炎と、黒い煙が立ち込める教室に、光り輝く姿で戦う美しい少女が居た。


「聖なる痕の力よ、我が称号の名の元、白銀と漆黒の劔を我が手に……抜刀」

 教室に産まれた地獄絵図の中、如月さんがロバに向かって両手を突き出している。

 両手に光が浮かぶと、黒と白の魔法陣が現れる。

 魔方陣の表面がうねった。

 魔方陣を構成する文字列が引きずられながら、中心からズズズズと突起状に飛び出して、鋭利な刃物の形に吸収されていく。

 飛び出してきた文字列は、西洋剣の形へと変化して行く。

 空中に浮かぶ、真っ黒な西洋剣と、真っ白な西洋剣。


「深淵に戻れっ」

 彼女が両腕を振ると、空中から出た2本の西洋剣は、ロバへと凄まじい速度で飛んだ。

 2本の剣は、左右に別れてロバの身体を挟み込むように軌道を変える。

 ロバも左右から飛んでくる剣に対応して、前に踏み込み回避行動をとって避けようとした。

 右から襲いかかった白い西洋剣は、ロバが元居た場所を通り抜け、空振りになる。

 だが、左側から迫った黒い方の西洋剣は、初めからロバがそこへ飛ぶのを予想していたかのように、タイミングをズラして飛来していた。


 黒い西洋剣が、ロバの下腹部に当る。


ゾンッ…ドシャッ


 毛皮に覆われた肉は、鈍い音を立てて弾け飛び、内臓を床にぶち撒く。


「ヒュゴッヒュゴッ…ヒゴ-……ヒューゴゴゴゴゴゴ」

 ロバの下半身は崩れ落ち、自分の血溜まりに前足を滑らせながら辛うじて立っている。

 普通の生物なら、ほぼ瀕死の状態だ。


 黄色の魔法陣に守らた俺の視線の先では、脂の燻る黒く煤けた煙と、衰えてきた火勢の陽炎がゆらめいてる、その向こう側で、第二撃を撃ち込もうと彼女が両腕を振りかぶっている。


「もう一度おおおお……!?」

 彼女の言葉は途中で遮られた。


 突然、くすんだ煙に薄暗くなっていた教室全体が明るくなった。

 戦いの最中だった彼女の姿を、教室の天井からスポットライトのような光が降りてきて包み込む。

 光の中では、彼女の身体が薄く透明になっていく。

「こんな時に御迎えっ! い、いや、まだ夕夜がまだ……」


フッ……


 転校生の如月さんは、絶叫を残し、消えてしまった。



 無数に転がる消し炭が燻り、黒い煙が立ち昇る薄暗い教室。


カショッ…カショカショカショ


 不気味な音がさっきから続いている。

 俺と一緒に残されたロバは、何度も前脚を血溜まりに滑らせながら踠いている。


 今の内に逃げなきゃ。


 俺は、左手側で開いた窓を横目で確認し、あのロバが此方に気が付かないことを祈りながら、飛び降りようと窓枠に手をかけた。

「プピー……ヒュ、ユ、ヒュ、ヒュウ、ヒャ」

 教室の前でロバが鳴いてる。奴に気付かれないよう、そっと動く。

 窓の外へと頭を突き出し、高さを測る。


 思ったより高いな。


「ヒュウヤ、ヒュユ、ユ、ヒユウヤ」


ドキンッ!


 え? さっきより声が近くなっている?


「ヌイヤ、ギュマ、マダ、マダユウヤがマダ、ユウヤ、ゆゆうや、ゆうやこっちを見て、お願い夕夜」


 続いて聞こえて来た声に、窓枠にかけていた手が止まる。

 途中から聞こえてきた声は、転校生の如月さんの声だ。


 モノマネしてる。声がどんどん近くなってきてる。


「夕夜、お願い、こっちを見て、夕夜……」フッフッフッ


 カチカチカチカチ……俺の歯が鳴リ続けるのが止まらない。

 硫黄臭い。

 さっきから硫黄臭い風が、うなじの産毛を揺らしてる。


「夕夜、うふっうふふふふひゅうふふふふふふこっちいいひゅうふふふうふふふふうふふふうふふこっち見てええうふふふふふ」


 ……駄目だ、振り返っちゃ駄目だ。

 駄目なのに、いけないのに、分かっているのに……


 内臓にくる硫黄の臭いにむせそうになりながら、俺は振り返っていた。

 ロバは、俺の顔に硫黄臭い息を吹きかけながら、にちゃーっと人間と同じ笑顔を浮かべている。


 ああ、ロバの顔のバランスがおかしいな、1m以上の大きさがある、パースが狂ってるよ。


 なぜか冷静に眺めている自分がいる。

ニチャアァァアア

 笑顔を浮かべたロバの口元がゆっくり開く。

「ゆうううううやああああああ」


でかい口だなあ……このまま齧られたら、苦しまずに終わるのかな……


現実感が全く無い。


ガスンッ!


 あれ?


 俺の肘打ちが、ロバの顎に決まっている。

 他人に散々バカにされながら身体に刻んだ近接戦戦闘術は、絶望の中でも俺の身体を動かす。


うんっ!」

 短い發気と共に、もう一度肘打ち、傾いだロバの顔がすぐ元に戻る。

 両掌底で顎を持ち上げ、距離を稼ぐ為の前蹴り、滑る。

 のし掛かってくるロバの前脚、払う。

 すぐに逆の脚が来る、払う。

 また逆の脚、払う。

 また、払う。

 また……


 俺の身体は床に転がり、ロバの顎門アギトが上下から頭を挟み込んでる。

 血まみれの指で顎をこじ開けるべく、渾身の力を込めた。

 何本か折れてる指が悲鳴をあげている。


 ……ビクともしねえ、万力かよ。



ゴリッ



 記憶は、ここまでだ。

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