第3話 暗転

「は……って、え?」

 ここは教室⁉︎ 手のひらに汗が滲んでる。

「おいって」

 後ろの席の高木が、俺の背中を突ついていた。

「え、じゃないよ。先生がお前を起こせって言ったから起こしてるんだよ」

 その声に前を見ると、担任の白川が最後の渡辺の出席を取っていた。

「渡辺ー」「はい」

「ふへあ」

 慌てて俺も返事をしようとしたが、とっくに自分が返事をするタイミングを失っていた事に気づき、変な声だけ出して下を向く。

 集団の中で1人明らかに変な動きになって目立っている。


 って思ったら誰もこっちを見てない……なんでだ?


「えー、1人どうしょうもないボンクラがいるようだが、転校生を紹介します」

 嫌味な中年男の白川が、余計な一言と一緒に転校生の存在を告げた。

 教室の入り口付近に、うちの学校と違う制服を着た少女が立っている。


 誰も俺の失敗を気にもしてなかったはずだ、クラスの皆の視線は、全て彼女に向いていたんだ。


 長い黒髪を後ろに降ろした転校生の姿に、誰もが唖然としていた。

 背が高く、何かスポーツをやっているのだろうか? 背筋を伸ばして歩く姿はしなやかで、見つめていると野生動物のそれを喚起する。

 彼女が教壇の前まで進むと、こちらに顔を向け、意志を強く感じさせる力の篭った双眸と、上品に整った表情からは、触れることを許さないような気品を放っていた。

 俺の斜め前の席で座ってる、女子の中でイケてるグループの村田麻里も、口を開けたまま驚きを隠そうとしてない。

 普段は下の女子グループをバカにしていた彼女も、転校してきた美少女と比べるのが可哀想なぐらいだ。


「転校生の如月穂弓(きさらぎほゆみ)さんだ……」


 白川が彼女の名前を黒板に書いている間、俺は瞬き1つできずに彼女を見つめていた。

 転校して来たばかりの彼女は、なぜか俺の事を見つめていたからだ。

 その目が、俺をじっと凝視したまま唇が動く。

「やっと逢えた」と唇が動いたように見えた気がした。



プヒー



 突然、教室の前の入口付近で騒ぎが起きる。

 最初は、近くの席の人間がその異変に気が付く、すると周りに伝達するようにざわめきが広がって、教壇の前に立っていた転校生の彼女も気がつく。


 そちらに目をやると、クラスメート達の頭越しに何か見える。

 ……黒い?

 ガタッ、ガガ、ズズズ、ガタッ。

 何人かが立ち上がったので尚更見えなくなった。

 俺も立ち上がって確認する。

 

 教室の入り口付近、俺の胸の高さより低い位置に、黒っぽい靄の塊が浮かんでいた。


「プヒー、ンゴー」

 嗎(いななき)と共に、その靄の中から何かが出てくる。

 異様な光景に、この場に居た全員が凍りつく。


 黒っぽい靄の中から…動物? ……が出て来て……えーっと、耳が長くてちっちゃい馬みたいな動物……


 一度に色んな情報が襲ってきたので、脳が情報を処理できてない。

「ベル…ェ…ールのロバ」

 教室の前に立っていた転校生の彼女が呟く。


 ああ、そうだ、この耳が長いのロバだ、この動物ロバだった。ツッかえてた物が取れてスッキリした気分。

 ……って、なんで?


 黒い靄の塊っぽい物を身体の周りにまとわせた以外は、普通のロバだ。


 いやいやいやー、そもそも普通のロバは、教室に来ないし、変な黒い靄に体を隠したりしない。

 でも、ロバも顔って初めて見るけど、可愛いかもしれない。見ているだけで呑気でホノボノな気持ちになる、ちょっと触ってみたい。


 そのロバが教室の視線が集まったのを意識したのか、変な声で鳴き出す。

「プヒィイイイィィイヘーィィィゴオオォォオオォオオオオオ」


???


 ロバの鳴き声と一緒に、口の中から黒い靄が出て来る。

 黒い靄は、天井を這って、教室全体へと広がった。


「なんだ?」「動物? ロバ? 煙?」「硫黄の匂い?」「ちょ、インスタ」「火事?」「生臭っ」

 教室中に皆の声が広がる。何人かはスマホを取り出して写真を撮っている。

 教室に天井に広がった黒い靄は、俺の頭の上で急に低くなっていた。

 ……触れそうだな。

 俺が手を伸ばそうとした時。

「いけないっ!」

 鋭い声が制止する。

 思わず伸ばしかけた手が止まった。

 驚いてそっちを見ると、俺に向かって叫ぶ如月さんの姿があった。


 アレ?

 彼女の頭上に、金色に光る大きな円盤が浮かんでいる?


「いでよ守護の金環、彼に魔を打ち払う守護を……逃げてっ!」

 如月さんは、良くわからない言葉を叫ぶと、俺の前にも如月さんのと同じ金色の光の輪が飛んできた。

 飛んできた金色の光は、俺の頭上で停止すると、その場でゆっくりと回転を始める。

 ビッシリと文字や記号の書かれたそれは、空中で厚さを持たない平面の光であり、魔法陣を形作って、俺を護るように回っている。


 ああ、綺麗だな。


 俺のぱっとしないはずの、でも何気なかったはずの日常は、ここで終わりを告げた。


ボッ!


 突然、黒い靄が天井から落ちてきて発火する。


 突然の惨劇の中、頭上の魔法陣から光のカーテンが降りてきて、円筒状に結界が貼られ、炎が避ける。


 教室中では、炎が這い回り、クラスの人間を生きたまま松明に変えた。

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