第2話 白昼夢

 教室の開いた窓から、校内に走り込んでくる黒い車をぼんやり眺めてる俺、加南カナン夕夜ユウヤ

 平均的な身長の173cmで体型も平均的な、パッとしない人生を歩く高校2年生、男子。


 ホームルームのチャイムは鳴ったが、担任は来ない。

 しばらく待つと教頭が入ってきて、担任が遅れると連絡をした。

 代役で委員長の吉祥院美鈴が前に出て、渡されていたプリントを読み上げている。


「ふう……」


 今日は、やたら眠い。

 昨日、近所のサバイバルゲーム屋内施設で、週一に行われる深夜会に参加したせいだ。

 小学校低学年の時、父親の影響でエアガンのスピードシューティング競技を始めると、たちまちサバゲーの虜になり、その後父親にCQB近接戦闘術を叩き込まれて、見事なまでの厨二病患者が出来上がった。

 この平和な日本の小学生にガンファイトなどあり得ないのに、格闘技と組み合わされたガンファイト訓練を、親子で毎日繰り返し真剣にやっていたのだ。

 お陰で中学時代には、銃好きが高じて、「銃キチ○イ」「ナイフを持っていた」「あいつは本物の銃を持ってる危ないやつだ」等の噂を流され、友達ZEROの黒歴史を刻む事となる。


 ……もっとも、厨二病患者らしく、ナイフを持ち歩いていたのは本当だったのだが。


 多少の紆余曲折は有ったが、現在では、田中健って友達もできたし、サバイバルゲームを遊びとして楽しめる程度には、常人として厚生し、屋内施設を運営してる店にバイトとして通常業務の他にも、CQBタクティカルトレーニングインストラクターをやったり、ヘルプでゲームに参加したりしている。

 そのサバゲーも、バイト外の純粋に自分の楽しみで参加するのは、週一の深夜会ぐらいのものだ。

 昨日は、日頃の鬱憤を晴らすように、ベテランのガチ勢を相手に全ゲームで走りまくり、最後までフィールド上に生き残り続けた。

 正直、いつもの常連さん達では、歯応えが無い。


 せめて……あのお姉さんぐらいは。

 ……先週の飛び込みで参加してた、あの眼鏡のお姉さんは凄かったな。


 その日、いつもの参加者とは違う、メガネをかけた背が高い女性が居た。

 何だかおっとりした感じの人だなと思っていたのに、ゲームを始めたら別人の動きをして驚く。

 最初は、俺が油断してたとは言え、彼女は、初参加のゲームフィールドで俺の裏を取り、フィールドを熟知した俺からヒットを奪う。

(※サバイバルゲームでは、BB弾が当ると自己申告で「ヒット」とコールして退場する)

 その後本気モードになってお返しに狙って狩り取ったが、本気モードでも1度ヒットされてしまった。

 屋内施設内の構造物は、サバゲーとして面白くなるよう、数ヶ月に一度レイアウト変更をしている。


 今月は、俺の設計したレイアウトで、連携や移動経路を細かく設計していた。フィールド地図を知り尽くしていたのに、その俺から2つもヒットを奪うとは、凄い人だ。

 やっぱりあれぐらいの相手じゃないと、腕が鈍る。


 結局昨日、彼女は、来てくれなくて、八つ当たり的に常連さん達を狩りまくってた……。


 まあ、そんな訳で、大きな休憩無しに深夜3時まで走り続けたツケを今払っている。


「はあ……」

 ため息混じりのあくびが出る

 座っているだけなのに汗がまとわり付く。

 外を眺める、外から流れてくる風が心地いい……眠さに負けそう、教室内の声がどこか遠くで鳴っているように聞こえる……



……現実の意識と無意識とが混ざって、瞳は見開いたまま、まどろみの混沌へ落ちていく……



~◆◇◆~



 ……気がつくと、またあの夢を観ている。



 いつ頃からか、よく観るようになっていた白昼夢。

 目を覚ますと何も覚えては居ないが、白昼夢へと来た時は、何度も来た・・・・・夢だと確信がある。


 白昼夢で行く場所は決まっている。

 人工物でできた巨大なダンジョンの中。


 俺たちは、世界を守るために守護者ガーディアンを名乗り、ダンジョンを駆け巡る。


 いつものように俺は、宙に浮いた状態から自分の姿を観戦している……



 ……岩壁自体が発光しているのだろうか、薄暗く複雑に曲がりくねった通路を小さな・・・影が進む。

 俺の後ろには、数人のパーティーの仲間が続く。どれも腕利きの守護者ガーディアンだ。

 細い通路を抜けると広い通路に出た。

 広間の通路幅は広く、優に自動車道路4車線分よりも広いぐらい、その通路の両側には、巨大な円柱が立ち並び、天井を支えている。


 !


 前を行く俺の影が止まり、拳を握った左手を上げると、後続の影もその場で停止する。

 後続の守護者の男達……いや、女もいる。守護者の服装は胸元を大きく肌けさせた色取り取りの奇抜なデザインの服装……だけどジョジョの奇妙な冒険の第5部や6部に出てくる、パリコレのデザイナーが意匠したような、妙にスタイリッシュなデザインだ。


…ゴトッ……ゴッ…チャッ、チャッ、チャッ……


 幾つかの足音が近づいてくる、俺たちが標的にしてたモノも、こちらの気配に気がついたようだ。

 複雑に入り組んだ岩壁の向こう側から、5mはあろうかと言う巨大な体躯の影が現れ、俺達・・を見下ろしている。

 影の頭部には、巨大な水牛の頭が乗っている……ギリシャ神話に出てくるミノタウロスか。

 ミノタウロスの後ろからは、奴のシモベのオーク数体……俺達より多い…が、お約束通りの巨大な棍棒を片手に現れ、行く手を塞ぐ。

「フッフッフッ」

 オークの吐く白い息が、下顎から外に飛び出た牙の隙間から漏れている。

 それに対して、でかい角を頭に乗せたミノタウルスの口や鼻からは、白い息は漏れていない。


 ……生物じゃないのか? こいつ。


 俺が疑問を持ち始めた時、ミノタウルスが口を開ける。

「コホッ…ォォォォォォォォ」

 白い息の水蒸気とともに、不気味な唸り声が出て来る。

 俺達が身構えると、唸り声は巨大な音圧となって襲い掛かってきた。

「ォォォォオオォォォオオオォォオオオオォオオゴゴゴゴォォォオオギュガグワアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 ミノタウルスの咆哮が洞窟内に響く。

 その叫び声は魔力圧を伴い、身体の動きを麻痺させようとしてくる一撃だった。

 マヌケなことに、奴の後ろのオーク数体が麻痺して身動きしていない。

 俺は、その咆哮に軽く身を震わせる。身体の自由を奪われた? いいや、そんなわけない、これは武者震いだ。

 これから行う闘争への歓喜の震えで、無邪気に両の頬がつり上がる姿が、薄闇の中に浮かぶ。


 小学生の頃の姿をした俺が、そこに立っていた。


 手首を左右に降ると、後続が動く。

 俺の後ろに並んでいた守護者ガーディアン達は、俺の合図と共に、自分の武器を抜いて、敵を囲みこむように散開する。

 よし、誰もマヒにかかってない、この程度の咆哮麻痺が通じるような低レベル守護者ガーディアンとは組んでいない。

 散開した守護者ガーディアン達は、間抜けに突っ立ているオーク達を楽々狩り採っていき、残りも倒していく。


 パーティーがその場から散った後でも、少年の姿をした俺だけが残って立っている。

 俺の右の手のひらには、剣ではなく、一丁の拳銃ハンドガンが握りしめられていた。


 パーティーの中で1人その場から動かなかった俺へと、ミノタウルスがヒグマのような形の右腕を大きく振りかぶって、横薙ぎの一撃を繰り出す。

 ブオオオン!

 小学生の俺ぐらい大きく鋭い爪の先。巨大で鋭い爪先が迫る。

「へっ」

 思わず漏れた小声と一緒に、拳銃ハンドガンを両手で握る、右手の甲に魔法陣が浮かぶ、引き金を引く。


 パパパパ……パンッ!


 ミノタウルスの一撃から来る風圧を感じながら、その腕の下をかい潜り、引き金をマシンガンの様に連射して敵の顔面へと魔弾・・を叩き込み;%$:・。、………


……「おい……い…」


「……おい、おいって…加南カナン、起きろよ」

 白昼夢は終わり、俺は元の教室にいた。

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