強制ダンジョン

アリス&テレス

平和な朝

第1話 平和な朝


 スリッパ履きした上履きで、朝日が差し込む廊下を歩く俺の名前は加南かなん夕夜ゆうや16歳、高校二年生。


 寝不足気味の目をこすりながら歩いていると、教室の入り口付近に人垣ができていた。

 人垣の隙間から、久しぶりの顔が見えたので声をかける。


けんおはよう」


 俺の声に、友人の田中健たなかけんを囲んでいた人垣が割れる。

 田中健を10人ぐらいで取り囲んでいたのは、クラスの奴らだ。

「ふんっ」俺が鼻を鳴らして集団へと進むと、人垣は崩れた。


「チッ」「空気読めない奴」「キモッ」……


 奴らは、俺に聞こえるように、だが誰も俺と目を合わそうとせず、捨て台詞だけを残して、教室の中に消えていった。


 放心状態だった健は、俺を見ると目に生気を取り戻す。


「ゆ、夕夜ゆうや、おはよう」


けん、無理しなくていいから、また調子の良い時に連絡してくれよ、一緒にサバゲー行こうぜ」


「ありがとう……夕夜ゆうや、お前だけだよ……」


 けんの口から出てきた声は小さく、最後は殆ど聞き取れなかったが、お互いの近況や他愛もない会話をしていた。


 俺がけんと数ヶ月ぶり会話を交わしていると、予鈴のチャイムが鳴る。

 教室の前で躊躇ためらっていたけんは、俺と一緒に教室へ入る。

 俺は、「健、また後で」と言って窓際の席へと座った。



~◆◇◆~



 渋滞中の道路をゆっくりと進む、大きな黒塗りの車。


 運転席には、WAC:ワック陸上女性自衛官の略称の簡易服に身を包んだ20代半ばの女性が、ハンドルにもたれ掛かった姿勢で呟く。


「ちょっと〜、全然進まない〜……参ったわね、遅れちゃうじゃない」


 彼女の声には、イライラした気持ちが混ざっている。

 一度深呼吸をした彼女は、助手席に座る少女へと視線を向ける。

 助手席には、仕立ての良い少し古風な制服に身を包んだ女子高生が座っている。

 更にそのひざの上には、真っ黒な仔猫が、背筋を伸ばしてちょこんと座っていた。


「しかし、本当にこんなスポーツ高に来ちゃって良かったの? あなた凄く良い高校に入ってたのに」


「良いんです、彼、本物だったんですよね?」


「うん、私が直接探りをかけて確認したから間違いないけど、記憶の方は全然だったわよ」


「だから少しでも近くにいて、記憶を取り戻して貰いたいんです……彼がまた思い出してくれるかは、未知数ですが」


「貴女の頼みだから私達もこうして動いたけど、正直難しいと思うわ」


「……期待を裏切られるのは、覚悟してます」


「相変わらず強いのね。でも覚えておいてね、貴女は今世界に残った数少ない上位称号獲得者なの、自分を大事にして」


「……はい」


「フウウウワアウウウ」


 女子高生の膝に座って居た仔猫が、耳を忙しく動かしながら、呻きだした。


「ミーコ、また感じるのね、どこかで蓋が開いたのかしら?」


「ウニャゴウニャゴ!」


 仔猫が抗議するように、運転席の方を向いて鳴いた。


「ミーコって呼ぶから怒ってるんですよ、彼にはちゃんと、シルフって立派な名前が有るんです」


「えー、いつまで経っても仔猫のまんまじゃない、ミーコで十分」


「フウー」


 女子高生の膝の上に座って居た仔猫が、運転席のシートを駆け上がる。

ペシペシペシペシ

 運転席の女性の頭にネコパンチを加えだした。


「え〜へへへへ、ミーコのパンチ全然痛く無いわよ、もー。……ところでさっきの話しだけど」


 仔猫と戯れてご機嫌顔だった女性の顔が、真剣な表情に変わる。


「この所、シモベの出現が続いているわ。何処かでダンジョンが産まれたのは確実だし、オドリバ・・・・と繋がったのなら、また御迎えが来るわよ。私も道具の準備しておくけど、心つもりは万端にしておいてね」


「……大丈夫、頑張ります」


「もうすぐ着くわよ、貴女は先に職員室に急いで入ってね、私は校長室に寄るわね、荷物重いから大変だわー。あ、ミーコは車の中で留守番ね」


「はい、送っていただいて、ありがとうございました」


「ウニャゴウニャゴニャー」


 彼女は、仔猫の抗議を聞き流しながら、渋滞の列を抜けて、黒塗りの車を高校の中へと左折させた。


~◆◇◆~


 渋滞の先頭では、何かが道路の真ん中を悠々と歩いて渋滞を引き起こしていた。


パーパパパーパー


 先頭付近から、怒り狂った後続車の威嚇のクラクションが鳴り響く。


 道路の真ん中に居たのは、ロバ。

 大きな音にも知らん顔したロバがカパカパ歩き、ギョロッとした目玉を剥き、鼻をヒクヒクと何か嗅ぐと、ノンキにいなないた。


「プヒーゴオオオオ~」


 平和な朝だった。

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