ガトーショコラと寿司の相関
木船田ヒロマル
ガトーショコラと寿司の相関
「ガトーショコラにする」
何でも買っていいぞ、と言う僕の言葉に中三になる娘はそう答えた。ダンスレッスンの帰りに寄ったいつものコンビニエンスストアである。自慢じゃないが、小遣い制の僕は節約を心掛けてはいても予定通りの黒字で月を終えたことはない。財布の中の頼りない枚数の千円札をちらりと見てこっそり苦笑いしたまさにその瞬間、僕の胸に、幼い日のある日の思い出が鮮烈に蘇った。
「お寿司がいい」
何がいい? 食べたいものを言ってごらん。なんでもいいよ、と言う父の問いに、幼い日の僕はそう答えた。
確か父の用事で親戚の家に行った帰り。その日は何故か僕と父という二人連れで、四人兄妹の我が家にしては珍しいメンバー構成だった。
そうか。じゃ、少し珍しい所に行ってみよう。
そう言われて連れて行かれたのは、初めて行く回らない寿司屋だった。
好きなものを頼め、と言われたがメニューがない。値段表も見当たらない。
困っていると父は笑って、ここは本当のお寿司屋さんだからな、と言って聞き慣れない寿司ネタを幾つか頼んだ。
折角本当のお寿司屋さんに来たんだ。今日は本当の寿司の食べ方を覚えて帰ろう。
父はそう言ってちゃっちゃっ、と慣れた手付きで寿司を手に取って返すと、醤油を少しだけ付けて素早く口に放り込んだ。
寿司はな、出されたらすぐ食べる。お箸は使わない。醤油はネタに付けて一口で頬張る。寿司ってのはな、昔の江戸っ子のファーストフードなんだ。
父も小遣い制だった筈で、だとすればあの日は相当に奮発した筈だ。にも関わらず子供に好きなものを頼ませ、古風な粋を教える父としての矜持。三十年余の年を経て今、ようやくあの時の父の意図に得心が行った。
「パパは? 何も買わないの? 」
娘に問い掛けられて我に帰る。
そう言えば小腹が空いてるな。
僕はパックの寿司を、ガトーショコラと一緒にカゴに入れた。
ガトーショコラと寿司の相関 木船田ヒロマル @hiromaru712
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます