第3話 伝説の魔人?
今日は、少女の運命が変わる日だった。
昼下がりの山道。狭い獣車の中で、少女は小さな体をさらに小さく縮こませていた。リヤカー程の木製車両をつぶらな瞳の牛に似た動物、パウントが引っ張っていた。角は前に捻じれて突き出ているのでバッファローのようにも見える。
「いやあ、うれしいねえ」
少女の向かいに、これまた体を縮こませている小太りの中年男性が話す。
「その歳で遺跡に興味があるなんて。今じゃ考古学なんて、それこそ古いって言われちゃってさ。金にならないってね」
そう言って彼は青に白髪が混じった頭をごつい右手で掻いた。研究の為に外に行くことも少なくない彼は年中を通して日焼けし、顔は年相応には見えない深いシワが刻まれていた。
しかしその表情は柔和だ。垂れ眉毛で細い目から覗く藍色の目は優しい。服装はラフなランニングシャツの上に、薄手のコートを着て腕まくりをしている。季節で言うなら今は春なので、多少は暑いようだ。少しダボついた黒のズボンからは汚れた靴が見える。
「え、ええ!ちょっとオレマディ遺跡に用事……いえ、興味がありまして!ええ!」
少女の慌てる様子は、明らかに話を合わせているのが透けて見えた。しかし彼は気に留めない。
「今の若い人はだれもかれも
彼はポケットの中から干し肉を取り出し、齧り始めた。その様子を喉を鳴らしながら少女は見ていた。
獣車を遺跡のすぐそばの小高い丘に留め、調査の準備をする。ここからなら遺跡の全体が見渡せそうだ。
「ここ、オレマディ遺跡は今から4、500年前の遺跡でね。元々は闘技場だったみたい」
パウントにくくりつけた道具を次々に外し、黒炭とスケッチ用の紙と板を取り出す。
「今じゃ客席の一部と、闘技場の入口しか残ってないんだけどね。これじゃあ価値が無いってお国も保存や修繕の予算も出さないし。残念だよ。こうして紙に残すことしか出来ないなんてね」
彼の考古学に懸ける思いは熱いのだろう。少女は、騙してここまで連れてきてもらった事に罪悪感を覚えた。しかし――
「魔人伝説、って、ありますよね?」
少女は恐る恐る口を開いた。彼は手を止め、キョトンとしている。
「……黒き魔人伝説の、魔人?」
「そ、そうです」
ふーむ、と突き出た柔らかそうなお腹をさする。
「――その昔。オレマディの闘技場が作られるさらに大昔。この地に無敵の強さを誇る者がいた。その戦いぶりから破壊神と呼ばれ、畏れられた。その破壊神は強さを求めるあまり、ついには人であることを辞め、本当に破壊の神になってしまう」
彼は方位磁石と簡単な測量装置を取り出しながら話し続ける。
「破壊神は敵を求め、ついには自分自身の力で邪悪な黒い魔人を呼び出した。そして、破壊神と黒い魔人との戦いは始まり、その決着は――どちらが勝ったかわからない」
「そ、それです!」
少女は興奮しているようだった。
「よくある教訓めいた民話のようなものだと思うんだけどね。強さを求めるって、我が侭を通すって事でしょう?」
彼の準備は完了したようだ。どっかりと地面に座り、スケッチを開始した。
「つまりそれは、他人の事を考えられなかった、大人になれなかった残念な<子供大人>の話だよ。自分の事だけ考えて、人間辞めちゃってるわけだから」
気持ちのいい黒炭の音が鳴り始め、以降、彼は黙った。少女はその隙にこそこそと丘を降りて遺跡へ入って行った。
石造りの遺跡はひどくボロボロで、荒れ放題だ。柱は倒れ、壁があったであろう場所は吹き曝しになっていた。
遺跡の入口から少し進むと、天井が現れる。彼の話を参考にするなら、ここは闘技場へ続くロビーといったところか。少女は周りに目を配りながら考える。
――私も、そう思っていますよ。ただのおとぎ話だと。
少女はなるべく音を立てずに石畳を歩く。
――でも、変じゃないですか?なぜ破壊神伝説でなく、魔人伝説なのか。主役は破壊神なのに、タイトルが魔人伝説。語呂がいいから?あえて主役とずらしたから?もしくは――
「本当の主役は、魔人の方だから……」
この地方に伝わる民話、魔人伝説。黒き魔人が破壊神と戦うという荒唐無稽な伝説だ。幼いころの旅行でここへ滞在した事だった。旅行中に迷子になり、泣きながら歩く少女に、地元の老婆がなだめ、おとぎ話を聞かせてくれた。それが魔人伝説だった。
老婆の語る魔人は強く、賢く、他人の為に自分を抑えて行動できる、よくできた大人の見本のような存在だった。成長するごとにその時の記憶は薄れていったが、家庭事情と世の中の情勢で思い出した。
そのきっかけから、彼女は
獣はある程度ただの調教で済むので、獣と契約する
亜人を使役している
亜人が人間を使役している場合もある。使役というより、コンビを組んでいるという認識の方が強い。上下関係はあるが。
最後に精霊。
これはほとんど見られない。精霊と接触できる者がそもそも魔法使いしかいないからだ。魔法使いは世界に数えるほどしかいない。人間、亜人のほとんどは魔法が使えない。魔法の恩恵に預かるには、魔力の宿った杖や剣、鎧を利用するしかない。
少女は、考えた。だれを従属させるべきか。並では駄目だ。目的が達成されない。
跳びぬけて強くなければ。理想は精霊。精霊なら魔法使いに見劣りしないほど強い。
それさえもただの噂ではあるが。では、誰を……?
――魔人を、使役させることが出来れば……一発逆転できる!
大人の見本のような魔人ならば、きっと理解してくれるはず。私を助けてくれるはず。少女の儚い望みは、何もないくたびれた遺跡に懸けるにはあまりに不釣り合いだった。闘技場があったであろう草原の中央まで歩き、何もない事を思い知らされる。
――魔人さえ……使役できれば……
涙をぐっとこらえ、元来た道を戻る。肩を落とし、のろのろと足を進めた。何かの物音に首をあげると、そこには突拍子もない光景が広がっていた。
禍々しいオーラを纏った白い服を着た男、そのすぐ足元に全身が黒い人間?が倒れていた。
「足りん」
部屋中に響く低く重い声。
「うぬは、弱い」
「鍛えよ。大いに鍛えよ」
「限界を越えよ」
「我を、越えてみせよ」
そう言い終えると空中に、意味不明の言葉が浮き出てきた。
CONTINUE?
05
という文字らしきもの。05は04、03になっていく。
白い男はおもむろに03の文字を掴み、握りつぶした。
「死ぬこと許さぬ」
「蘇れ、何度でも」
「他人と繋がれ、世界と繋がれ」
「全てを以て強くなれ」
白い男はそこまで言うと、まるで蜃気楼のように揺らめき、消えた。
取り残されたのは黒い人型の何かと、棒立ちの少女。女はこの異常事態に全くついていけなかった。
「ぷはああ!!」
その声に腰が砕ける。目の前の黒い何かがムクリと上半身をあげ、頬を掻きながら辺りを見渡す。
「ひ……」
つい小さな悲鳴を上げてしまった。少女に気づいたのか、黒い人はまるで獲物を見るかのように凝視した。なぜかそのまま固まり、じっと少女の方を見ている。
――な、な、なに?なにが起こって――
突然現れた白い男に、黒い人。黒い……
少女の思考はパニックだったが、探し求めたものの共通する部分に気がつく。
――黒い人。まさか、この人……
少女は勇気を振り絞り、疑問を全て棚上げし、声を出す。
「あ、あなたは……」
「え?あ、ああ。いや、見てないよ?キミの横の床を見てたから。ホントに」
何を言っているのか解らない。少女のパニックはますます加速する。しかし同時に、願っていた。この人が、そうなんじゃないかと。私の、追い求めるものではないのかと。お願い。そうであって。
応えて。
少し呼吸し、覚悟を決めたアリシアは言う。
「魔人様……ですか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます