第2話 責任を取って調教されよう。

――まだ対戦中?


 その息遣いはあまりに生々しく、まるで現実かのような錯覚を覚え――自分の認識より早く、リュの正拳突きが蓮の顔面を捉えた。意識を失いかけ、蓮は何が起きているのか解らず無防備をさらした。


その隙を、<はかいしん>が見逃すはずが無かった。


 跳び足刀蹴りからパンチ、キックの連続攻撃に必殺技の嵐。最後は大技を決められ、蓮の体は沈んだ。



K.O.



機械音声が辺りに響く。

「……」

蓮はあまりにもリアルな痛みで呼吸が出来なくなっていた。



「足りん」



リュが、いや、<はかいしん>が語り掛ける。


「うぬは、弱い」


「鍛えよ。大いに鍛えよ」


「限界を越えよ」


「我を、越えてみせよ」


 周りに響く声で、蓮に叱咤激励する。当の蓮は酸素が足りず意識を失いかけていた。



「ぷはああ!!」



 酸素をようやく取り込んだ時、景色は一変していた。書斎だった部屋が、何かの古代遺跡のような風景に変貌していた。


「え?夢?」


 自分の顔を掻く指が、黒かった。腕、肩、腰。足から頭に至るまで、継ぎ目のない全身タイツを着ていた。胸にはトレードマークの凶悪な蟹。このビジュアル。よく知っている。……ヴェノンだ。


――なんじゃこりゃ。どうなってる?鏡ないかな?


 辺りを見渡す蓮が最初に見たものは一人の少女の、ミニスカートがめくれた太ももだった。


「ひ……」


小さい悲鳴が聞こえた。じっくり見てみる。


 ウェーブがかった肩の下まで伸びた緑色の髪。くすんだ金色のツリ目。

艶やかなピンクの唇が美しい。丸みを帯びた頬は、蓮と同じくらいの歳に感じる。

襟にはフリルが付いた白いシャツ。胸はやや控えめか。

その上に、硬く軽い革の鎧を着て、リュックサックを背負っている。

女子高生がよく履いている黒のプリーツスカート、黒いフリルが付いたニーソックス。靴も黒の革ブーツ。

ミニスカートとニーソックスの間の輝く白い肌。そこに釘付けになっていた。


――なにこれエロい。いや、普通なんだけど。エロい――

蓮はそんな事を思いつつ、じろじろと少女を見る。


 何もしてこない、いや、じっくりと目で楽しんでいる蓮に、少女の口は辛うじて開き、無理やり声を絞り出した。



「あ、あなたは……」


「え?あ、ああ。いや、見てないよ?キミの横の床を見てたから。ホントに」


 反射的にお粗末な言い訳をする。これがもし普段なら、軽蔑の表情をされても

おかしくないのに少女の顔はずっと恐怖で固まったままだ。


「魔人様……ですか?」


「ふともも。あ、いや、キミ。俺はれ……ヴェノン。そう。ヴェノンだ。」


 キリリと顔を引き締めて自己紹介をする。とは言っても、ヴェノンというキャラクターは顔面の半分が口で、凶悪な牙を何本も生やしている。目の部分には逆三角形を崩したデザインが採用され、こんな状態でどれだけ恰好をつけても邪悪さを倍増させるだけだった。少女は一層に恐怖を感じ、縮こまった。


「キミの名は?」


 出来るだけイケメンボイスで言ってみた蓮だが、地声がそもそも低くないので

まるで恰好がつかない。小学生のクサいセリフを聞いているかのようだった。

少女は息を呑み、一拍置いてから力を込めて話す。


「……アリシア・フォントレットと申します」


「アリシア。結婚しよう」


「は?」


「は?」


 蓮はナチュラルハイになっていた。状況が状況だ。いくら楽天家の蓮でも、脳がいっぱいいっぱいになっていたのだ。つい本能と本音が強く出た。


「いや、結婚というか。契りを交わしたいというか。うん。下心なく。全く」


 蓮は今、自分に起きている事をほとんど理解できずにいたが、ヴェノンの外見になっている事だけは理解できていた。そして、そのおかげで冷や汗を見せずいれた事に感謝した。こんなものを見られたらカッコ悪い。


「契り……」


アリシアはその言葉に、目の色を変えた。


「それは、私を……調教士テイマーと知って言ってるんですか?」


――ていまー?なにそれ?


「無論」


蓮は大嘘を平気でつける純真無垢な人間だ。


「……」


 アリシアと名乗る少女の目は、先ほどまでとは変わり、わずかに光が蘇っていた。

まだ足に力は入っていないが、無理やり体を起こす。


「わ、わかりました」


コホンと一つ咳ばらいをし、背中のリュックから丸めた紙を取り出した。


「えー……大地よ、海よ、空よ、全ての生きとし生けるものよ。ここに我らの契約を聞き届き給え」


なにやら、たどたどしい口上が始まった。


「我が身に従いたまえ。我が命を受けたまえ。我が調教を受け給え~~~……」


 微動だにせず紙を見ながら淡々と話すその姿は、小学生が作文の発表をしているかのようだった。


「あ、あの、お名前は……」


「あ、はい。白兎野 蓮しらとの れんです……」


緩みきった雰囲気に、つい本名を言ってしまう。


「……猛る魔人、シラトノレン。契約のしるしを!」


アリシアは紙をこちら側に見せ、小さな手形の横の空白部分に指をさした。紙には黒いインクで、見たことのない文字に大小の図形が組み合わさったものが記してあった。陰陽師が使う札のような物に似ていたが、蓮は陰陽師の知識を持ち合わせておらずまるでただの悪戯書きのように見えた。


「……」

「……」


二人は沈黙する。蓮が最初に口を開いた。


「えっと、どうすれば?」


「あ、あの……」


アリシアはそこまで言うと、顔を真っ赤にしつつも、何とか毅然としようとする。一つ呼吸をすると、躊躇いがちに、ぽつりとつぶやく。


「私と……契りを交わしてください」






契りを交わす。






――マジか。そうか。仕方ない。本当に仕方のない事なんだよな。うんうん。

でも順序は大事だよな。まずは……キスから。


「んじゃ、頂きます」


アリシアの手より上の両肩を掴んで、顔の正面へ移動する。


「……え?あ?なに――」



その可憐で美しい唇を、塞ぐ。



時が止まった。

赤、青、緑……様々な光の粒が二人の周囲をクルクルと回り、時間をスローモーションにさせた。それはまるで幻想的なラブシーンのようだった。もちろんこれは蓮の脳内映像だが。


「優しくするよ」


あくまで紳士的に振舞った蓮だが、次の瞬間アリシアの金的蹴りが入った。



K.O.



機械音声が頭に響く。


顔を真っ赤にし涙目になっていたがアリシアの行動は早かった。

蓮の左手を掴み、べたべたと黒いインクを塗り、紙にドンと押し付けた。


 二つの手形を収めた紙は文字が赤色に光り、浮かび上がってきた。

空中に浮かんだ文字はアリシアと蓮を中心にクルクルと踊り、二人の体に入ってきた。最後にお互いの赤く光る手形がパチンと合わさり、すべて消えた。


「……これで……」


アリシアの肩が震えている。


「これであなたは!ずっと!私の!従者です!バカ!!!」


あ、すっごく可愛い。この子の従者なら全然いいや――


股間を抑えて床に突っ伏している蓮の頭の中では、コンテニュー?という機械音声が響いていた

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