魔人は喜んで調教された

@satonosuke

第1話 始まりは、邪で健全な気持ち。

 とある書斎に、こそこそと動く人影があった。書斎の主の、その息子だ。彼は父親のVRゲーム機を弄っていた。



「これはどうだろ?」



 カチャカチャとキーボードを叩く彼は真剣そのもの。名前を「白兎野 蓮」しらとの れんと言う。楽天家で実に健全な男子高校生だ。


「お!動いた!やった!」


 VRゲームは近年爆発的な流行を見せ、どこの家庭にも大抵置いてあった。

だが、やりこみ病と揶揄されるほどのゲーム中毒者を大量に排出し、今では未成年がプレイ出来なくなっていた。


 とはいえロックは甘く、パスワードさえ入力すれば誰であろうと

ログインできてしまう。父親のパスワードは「1919」だった。血筋なのだろう。二回目のトライで通ってしまった。蓮はヘッドギアを慌ててつけ、めくるめく大人の世界に期待した。


「hero VS villain」ヒーローヴァーサスヴィラン


目の前に現れた文字は、お色気とはかけ離れた書体のタイトルだった。


「えー?」


 蓮は、何だこれと思いつつもプレイしてみる。多種多様なキャラクターが現れた。

空手着を着ているヤツ、チャイナ服のヤツ、蜘蛛っぽいコスチュームのヤツ、アイアンっぽい男のヤツ。

 どうやらこれらのキャラクターから一人を選ぶようだ。蓮は何となく黒い全身タイツのムキムキなキャラクターを選んでみた。名前は英語表記なのでよくわらない。Vからはじまっているようだ。


「ヴェノーン?ヴェノン?「m」って、「ン」って読むよな」


彼は英語の成績が芳しくなかった。直ぐにバトルフィールドへ転送され、目の前に忍者が現れた。



READY FIGHT!



「へ」


 掛け声が終わると、口まで赤いマフラーを覆っている忍者がぼっこぼこに殴ってきた。やけに耳障りのいい刀の音が印象的だった。訳が解らず右手をぶんぶん動かしているうちに、視界が天井を向いた。


K.O.



「え?なに?負け??」


 倒されてしまったようだ。このゲーム、ルールは至って単純。相手の体力ゲージをゼロにすれば自分の勝ち。ただ、それだけ。


 蓮はそれからこのゲームにハマった。決して、女キャラをガン見するためでなく。

揺れる胸やチラ見する下着など全く期待せず。ひたすら対戦をした。戦っているうちに女キャラの衣服が破れてしまうバグとかあるんじゃないかと思ったことは一度も無かった。朝も昼も無く、父親の目を盗んでひたすらゲームを研究した。


「薄目にしたら実は裸に見えないか……?」


そんなある日、事件は起こった。


 ネットワーク対戦のサービスが今日の零時で終了するというメールが来たのだ。ちょっと警察沙汰になっているようで、サーバーを閉鎖するそうだ。

 どうやらこのゲーム、はるか昔のゲームをモデルにして素人がパクっ……いや、リスペクトして作ったものらしい。


「う、うそだろ」


 AIを相手に対戦するのはそれはそれでいいのだが、ネット対戦だと人間が操るキャラと戦う事になる。つまり、中にはもしかしたら女性で女キャラを使ってる人もいる。女性キャラの際どい衣装から零れ出る胸は現実の女性の胸と言っても過言ではないのだ。それを間近で堂々と見れる機会は滅多にない。触っても攻撃になるし。犯罪にはならないのだ!……というような下衆極まる考えなど、蓮に限っては一秒たりとも抱くわけが無かった。



「おっぱい……」



 しかし、こんな時に限って父親が書斎に籠っていた。時間はあと五分で零時……。


 居ても立っても居られなくなり、怒鳴られるのを覚悟で書斎に入った。そこには――無人。父親の姿形も無かった。VRゲーム機だけが点灯し、ヘッドギアが無造作に置いてあるだけだった。


 少し違和感を覚えたが、これ幸いにと自分もログインする。あと三分しかない!キャラは最初に選んだヴェノンだ。


「さあ、来い!」


――対戦相手を探しています――


悲痛な表情でワクワクどきどきしていると、リングネーム<はかいしん>が見つかりました。とディスプレイに表示された。


「うそ……だろ……」


 蓮は落胆の極みだった。<はかいしん>はいつも、リュというキャラを使っている。それは空手着で極太眉毛の男性キャラクターだった。


「女キャラじゃないのかよ……!」


<はかいしん>との対戦成績は299戦、149勝、150敗。一番多く対戦したのが、この人だった事に今さら気づく。


READY FIGHT!


落胆はしたものの、ただ黙ってやられる蓮ではない。目の前の相手に集中する。


「あーあ。最後に見たかったなあ。シンリーのふともも。モッイガンの胸……」


 お互い戦い抜き、相手の手の内は解りきっているので安易に責められない。そうこうしているうちに、サービス終了の時間になった。



――サーバーからの応答がありません――



ディスプレイに大きく表示された終末の言葉。


あー。終わった。ま、いいや。AIと戦えばまた――ヘッドギアを外す動作をして、手につるりとした触感を覚える。


「へ?なにこれ」


ふと前を見ると、リュが立っていた。

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