御八頭
オレは一呼吸し、さらにミヤズへ言葉をぶつける。
「なんで、大蛇がまた花彦を倒そうとするんだ? 一度倒した相手なのにっ」
「それは、花彦さまが、素戔嗚尊の生まれ変わりだといわれていたからでは? だから、より憎くて堪らなかったとか」
「だとしても、一度倒した相手だ。それを、わざわざこんなところへ呼び出してまで、また倒そうとするのか? それに、そこまで憎いなら、オレたちの世界へ殺しに来た方が早い」
日高はフツーの女子中学生なのだから、その方がずっと簡単だ。
「それは、山から出ることが、出来ないからでは?」
「でも、オマエん家の家畜、襲われたっていってなかった?」
「それは……」
「第一あいつら、コイツに、そこまで興味なさそうだったぞ。そりゃ、道連れにしようとはしたけど、それだってあんたへの当て付けだったんじゃ」
「……さい」
俯いたミヤズが、低い声でぼそりといった。
それから、キッと面を上げ、一気にまくし立てる。
「煩いですわね、ごちゃごちゃと。それで結局、何が仰りたいんですのっ?」
気迫で負けないよう、オレもひたとミヤズを見据えた。
「あんたは、一体何者なんだ? 一体何が目的で、オレたち……日高を、こんなトコへ呼び出したんだっ?」
「なんだ、それだけですの?」
ミヤズは嗤う。
「そんなに知りたいなら、教えて差し上げてもよろしいですわ。わたくしの名は、ミヤズ。ミは尊敬を表すただの接頭語で、ヤズというのは、八つの頭という意味です」
御八頭。
一気に確信に触れたようで、背筋がゾクッとする。
「あなたが思っているとおり、わたくしは八岐大蛇の同胞。八岐大蛇と一心同体の存在ですわ」
一心同体。
そういえば、あの女もそういっていた。
「まあ、一心というのは真っ赤な嘘ですけれど」
「それってつまり、ミヤズもあの女と同じ、八岐大蛇の化身ってことでいいんだよな」
確認すると、オレを見つめる双眸に、見覚えのある赤い輝きが宿る。
「ええ、仰るとおり、わたくしは八岐大蛇です」
「ええっ!?」
いきなり大きな声がした。
日高だ。
なんか、すっかり忘れてた。
「いつから?」
「は?」
「いつから、八岐大蛇だったの? 僕と、花彦と最初に会ったときは?」
「いつから、と仰られましても、最初からですわ。生まれたときから、ずっと。わたくしは、八岐大蛇の生まれ変わりですから」
ミヤズは、日高に微笑みかける。
その笑顔が、何だか泣きそうに見えるのは、オレの気のせいだろうか。
「お話し致しますわ、何もかも。でもその前に、湯浴みをなさって下さいませ。着替えもご用意しますから」
ミヤズの言葉で、一旦お開きとなり、舞台はあの祭壇のある部屋に移った。
この間と同じように座り、ミヤズの話を聞くことになっている。
風呂を浴びた日高は、身なりこそさっぱりしたが、表情はどこか暗い。
ミヤズもさすがに、背中を流すとはいわなかった。
重苦しい空気の中、ミヤズが口火を切った。
「尋ねたいことがあるなら、どうぞ仰って下さい」
ミヤズは日高を見ていったが、日高はチラッとオレを見てくる。
オレに任せるという意味だと捉え、代わりに問いかけた。
「日高をここへ連れて来た目的は?」
「最初に申し上げたとおり、八岐大蛇を倒していただくためです」
「ミヤズも八岐大蛇なのに、どうして?」
「わたくしは、八岐大蛇の
「は?」
思わず日高を見ると、思い切り目をそらされてしまった。
何か身に覚えでもあるのだろうか。
「そのとき、かの剣には素戔嗚のかけた名前の呪がかかっていて、わたくしには触れることが出来ませんでした。ですので、婚礼は東国平定が済むまで待ってと仰った花彦さまが戻られたら、何とか言い含めて呪を解いていただこうと考えておりました。ところが、花彦さまが無事、尾張へとお戻りになられたとき、剣の呪はすでに解けており、そのため、剣はあっさりと、わたくしのものになったのです」
「どうして呪が解けたんだ?」
「剣は、元の名を、
「クサナギの剣?」
それって、まさかっ!
オレの脳裏に、相模国でのことが再生される。
あのとき、花彦はいった。
『おおっ、スゲー切れ味。これからは、草薙ぎの剣と呼ぼうかな』
「はい。花彦さまが偶然にも、同じ音の名前を付けてしまわれたため、剣は天の剣から、蛇の剣に戻ったのです」
「えっ、僕、やっちゃった?」
「……ああ」
やっちまったよ。
「そのお陰でわたくしは、無事使命を果たすことが出来、花彦さまも、もはや用済みだったのですが、実はこのときに、わたくしの中で、予想もしなかったものすごい変化が起こってしまっていたのです」
ミヤズは、もったいつけたように、言葉を切った。
そして、両手を可愛らしく頬に添える。
「実は、わたくし、敵であった花彦さまを、本気で愛してしまったのですぅ」
これまでの、どシリアスな雰囲気をぶち壊す告白が、高い屋根によく響いた。
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