五段

一つ足りない

「でも、これで全部終わったんだよね」


 大蛇の傍から離れ、周囲を見渡しながら日高がいった。


「大蛇も倒したし、ミヤズも自由になれるはず。まあ、ほとんど何もしてない気もするけど、とりあえず、めでたしめでたしだ」


 めでたしめでたしというには、なかなか殺伐とした光景が、そこには広がっている。

 灰色の空の下に転がる、八岐大蛇だったものの死骸。

 一つ、二つ三つ、四つ、五つ……。

 無意識に頭を数えてみたら、気付いてしまった。


「……りない」

「は?」

「一つ足りない」

「何が?」

「頭。大蛇の頭、七つしかない」

「マジでっ?」


 日高も、指差しながら数えてゆく。


「本当だ。どこいったんだ?」


 周りをぐるりと回ってみても、それはどこにも見当たらない。

 そもそも、あんなバカでかいもの、見逃す方がおかしい。


「おおっ。尾も七本しかないぞ」


 日高が、興奮したようにいった。

 つまり、八岐大蛇ではなく、七岐だってことか。

 いや、でも、最初は八つあったはずだ。

 八つの桶は、すべて埋まっていた。

 じゃあ、いつの間にか頭一つに尾一つが、忽然と消え失せてしまったってことか。


「死体消失ミステリーだね、ワトソンくん」

「ちょっと黙って」


 オレは真剣に考え込む。

 さっき、大蛇の体内でオレを助けてくれたあの女は、多分八岐大蛇だ。

 赤く輝く目もそうだが、声が大蛇と同じだった。

 それから、毒に侵されていたことも。

 そう考えると、彼女以外の六人の女も、八岐大蛇の化身だったのではないか。

 皆どこか似通っていた、七人の使用人たち。

 七――偶然にも、今ある躯の数と重なる。

 だが、大蛇には頭が八つ。

 頭一つ一つに違う意志があるのなら、もう一人、大蛇の化身がいたとしても、おかしくはない。

 しかし、女たちは七人しかいなかった。

 そういえば、あの女、最期に何かいっていたっけ。


『ミヤズに、気を、付けろ。あれは、ヤマタノ……』


 最後は判らなかったが、ミヤズに気を付けろだけは、はっきり聞き取れた。

 あれはいったい、どういう意味だ。

 確かに、大蛇の酒に毒物を入れたのはミヤズだ。

 でも、大蛇は同胞に裏切られたようなことをいって、腹を立てていた。

 同胞。

 同じ国の民って意味だよな。

 あるいは、同じ親から生まれた兄弟姉妹。

 それって、どういうことだ。

 ミヤズがあいつらの仲間だったってことか。

 そもそも、ミヤズはどうして大蛇の化身を、使用人扱いしていたのだろう。

 ミヤズの方が大蛇に脅されていて、オレたちを騙すために、主従の振りをしていたのか。

 それが、裏切ったと。

 いや、でも、それなら、大蛇はなぜいまきわに、わざわざオレに警告を?


「花彦さまぁ」


 場違いなほど可愛らしい声が、不意に耳へ飛び込んできた。

 見ると、件のミヤズがこちらへ歩いてくるところだ。

 彼女は、日高の姿を目に止めると、慌てたように駆け寄ってくる。


「まぁ、花彦さま、すごい血っ。どこかお怪我をっ?」


 白魚のような指が、血で汚れた身体に触れようとするのを、日高は寸前で押し止めた。


「ああ、大丈夫。返り血浴びただけだから」

「大蛇の血なんて不浄です。しっかり身を清めないと。まずは湯浴みをなさって下さい。わたくしが、お背中お流し致します」

「あー、お風呂は入りたいけど、背中はいいです」


 しっかり断ってから、日高は改めてミヤズを見た。


「どうかなさいました? わたくしの顔に何か?」


 不安げに日高を見上げるミヤズに、日高は照れたように笑いかける。


「いや。ミヤズはミヤズだったんだなって思っただけ」

「えっ? それは、どういう意味ですの?」


 ミヤズがぐっと日高に詰め寄った。


「ああ、思い出したんだ。昔のミヤズのこと」

「本当ですかっ? あの熱い初夜もっ?」

「あー、うん、まぁ、一応……」

「嬉しいですわ、花彦さまっ。では、また以前のように、わたくしと、熱い夜をっ」


 満面の笑みを浮かべたミヤズは、さらにぐいぐいと日高に迫る。


「おい、ちょっと待てよ」


 オレが呼び止めると、ミヤズはあからさまに不機嫌そうな顔になった。


「なんですの?」

「あんたに話があるんだけど」

「わたくしには、ございませんわ」

「でも、オレにはあるんだ」


 日高がちょっと困ったような、でも何だか笑いを堪えたような顔で、オレたちのやり取りを見つめている。

 何を考えているかは、大体想像が付いた。

 安心しろ、日高。

 お前を巡って争ってるわけじゃないから。


「あの七人の女たちはどうした?」

「さあ? どこかにいるのではないかしら」


 しらばっくれるつもりか。


「彼女たち、八岐大蛇の化身だろ。オレ、見たんだ。大蛇の体内で」

「えっ!? そうだったの?」


 日高が驚きの声を上げたが、とりあえず無視だ。

 さあ、どうでる、ミヤズ姫。


「まぁ、そうでしたの? わたくし、てっきり、剣が用意してくれた使用人かと思っておりましたわ。わたくしの命を、何でも聞いて下さったから」


 そうきたか。


「じゃあ、あの酒を用意したのも彼女たち?」

「ええ。でも、キノコだけは、わたくしが特別に用意しました。お陰で、最高の毒酒あしきさけが出来たでしょう」

「大蛇のヤツ、いってたよ。同胞に裏切られたって。それって、ミヤズが大蛇を裏切ったってことじゃないのか?」


 ミヤズは、しばし押し黙った。


「……そうよ。わたくし、本当は大蛇に脅されていたの。花彦さまを倒す手助けをしろと。でも、わたくしにはそんなこと出来なかった。だから、味方になったフリをし、裏切ってやったのよ」


 答える彼女に見える焦り。

 もう少し問い詰めれば、ボロが出るかもしれない。

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