一筋の光

「それは出来ない」


 意を決してのプロポーズは、あっさり断られてしまった。


「君の心は、未だアイツの元にあるのだろう。そんな妻はいらない。悲しくなるだけだ。それに、われにはすでに、愛しの妻たちとたくさんの子と、孫と玄孫やしゃごと……とにかく、そういうのは、もう充分だよ。だから、他の望みをどうぞ」

「でも、それでは……」


 一方的に叶えてもらうだけでは、悪い気がする。

 

「いいんだよ。いったでしょ、気に入ったって」

「それでは、もう一度、わたしをあの方の元へ」

「うーん。叶えてあげたいのはやまやまだけど、アイツはもうとっくに死んじゃったよ」

「えっ!?」

「ここと地上とは、時の流れが違うからね。アイツの御霊は、白い鳥になって、天高く上っていったよ。知りたいかい、アイツの最期を」

「……いいえ」


 しばし考えてから、答える。


「賢明だね。君の犠牲を無駄にしないためにも、知らない方がいいこともある」


 それってもう、花彦の最期が良くないものと、いっているのと同じじゃないか。


「では、後の世で。あの方が、再び人として生まれ落ちたとき、また一緒になりたいです。いえ別に、夫婦でなくとも構いません。どうせなら、次はわたしも男になって、あの方を守り、共に戦いたいです」

「勇ましいね。そういうのは管轄外だけど、なんとか掛け合ってみよう」

「ありがとうございます」


 礼をいうのは早いよと、神は続ける。


「君は一足先に地上へと戻り、そこでアイツを待つことになる。生き死にを繰り返しながら、ずっとずっと。吾からすればほんのちょっとのことだけど、人の身にはとてつもない時間に感じられるはずだ。でも、いつかは必ず、巡り会える。そして、君たちの絆が本物なら、また新たな関係を築いていけるだろう」

「わかりました」

「では、行くがいい。あの光の先へ」


 あの、というのがどこかわからず振り返ると、彼方に光が見えた。

 針の先のような、小さな光だ。


「君の新たな船出が、幸せなものになることを願っているよ」

「本当に、本当にありがとうございます」


 最後にまた礼をいい、オレは立ち上がって歩き出した。

 遥か遠い、希望の光を目指して。


        *


 意識が唐突に切り替わった。

 辺りは変わらず真っ暗闇だが、遠くに明かりが見える。

 真っ赤な、炎のような明かりだ。

 粘り付くような濃い闇の中、それを目指し進むと、そこには女がいた。

 手には、真っ赤に熟れた鬼灯が、いくつも実った枝を抱えている。

 その鬼灯たちが、赤々と輝いていたのだ。

 女の顔には、見覚えがあった。

 オレをよく案内してくれた、ミヤズの使用人だ。


「己とは、不思議な縁があるようだ」


 オレを見て、女がいった。


「出たいか、ここを?」


 声が出なかったので頷くと、女は踵を返す。


「ならば、付いてこい。その方が、後々のちのち面白くなりそうだ」


 前とは違い、なんだか偉そうな物言いになっているが、それにもどこか馴染みがあるような気がする。

 粘質な闇も、彼女と一緒なら、容易に進んでいける。

 だが、女は突如苦しげに呻き、その場にしゃがみ込んでしまった。


「大丈夫か?」


 酷く掠れていたが、何とか声が出た。


「大丈夫、ではない。妾にも、遂に、毒が、回った、ようだ」


 切れ切れに、女は答える。

 苦悶に歪んだ顔は蒼白で、咳き込むと口から血が溢れ、もう助からないだろうことは、オレにもわかった。


「早う、行け。このまま、では、巻き込ま、れる、ぞ。あそこ、に、光が」


 また、光か。

 そう思い振り向くと、確かに一筋の光が、これまでの中でかなり強い輝きが、上から下へ、闇を切り裂き広がってゆく。


「さあ、早う」


 促す女の両の目が、鬼灯と同じに、赤く輝く。

 ここに来て、薄々感じてはいたが、彼女は人ではないのだろう。

 彼女は恐らく……。

 礼をいい、光へ向かおうとすると、後ろから女の声がした。


「ミヤズに、気を、付けろ。あれは、ヤマタノ……」


 最後を聞き損ない、振り返ると、女の姿は消えていた。

 彼女が手にしていた、鬼灯の枝も、何もかも。

 あるのは、ただただ闇ばかり。

 今度は、光の方から、声が聞こえた。

 ややくぐもってはいるが、女の声とは違う。

 力強い男の声。

 日高の、花彦の声だ。

 それとともに、光の中から、腕が伸びてきた。

 わらにもすがる思いでしがみつくと、両手でグッと強く掴まれ、そのまま横に引っ張られる。

 曇ってはいるが、暗さに慣れた目には、眩しすぎるほど明るい世界。

 普段は気にも止めないような、そよと吹く風。

 勢いが付き、つんのめった身体は、逞しい胸にしっかりと抱き止められる。

 そして、ぎゅっと抱き締められる。


「よかった。アズマっ。タチバナっ」

「ちょっ……苦しっ」

「ああ、ゴメン」


 一歩下がって、顔を上げると、目の前には花彦が――日高がいた。

 顔も、衣も、全身、あけの色に染めて。

 それでも、嬉しそうに、満足げに笑っている。

 一瞬ぎょっとしたが、日高自身の血ではなく、返り血を浴びたのだと気付く。

 すぐ横には、縦一文字に切れ目の入った、血みどろな蛇体。

 あんなに嫌がっていたのに、大蛇を斬って、救い出してくれたのか。


「ありがとう」

「いやいや。この剣、切れ味がよすぎてさ、タチバナなアズマちゃんまで斬れちゃったらどうしようって、怖かったよ」

「そういや、さっきから、人のことタチバナって……。何か思い出したのか?」

「思い出したよ。全部じゃないけど、今のアズマがタチバナだってことはちゃんとわかってる。本当に、無事でよかった」


 屈託ない日高の笑顔に、オレも自然と笑みが溢れた。

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