キノコと酒の関係

「ですから、現在の持ち主であるわたくしが、剣の名を元に戻し、それを返して欲しいと、大蛇は仰るのです」


 ミヤズの話は尚も続く。


「それならばと、わたくし、きっぱりお断りして差し上げましたわ。すると大蛇は、また来ると言い残して去り、わたくしも夢から覚めました。これだけなら、変な夢を見たというだけの話ですが、それから、わたくしの身の回りで、奇妙なことが起こり始めたのです。例えば――」


 よく晴れた日に、ミヤズの家の畑にだけひょうが降り、作物がダメになった。

 また、ミヤズの家では、海産物を朝廷に貢いでいるが、それらがすべて忽然と消え、後には巨大な蛇が這ったような跡が残されていた。

 貢ぎ物ばかりか家畜まで消え、やはり蛇の這ったような跡が云々。

 彼女の話を要約すると、大体こんな感じだ。

 そして、さらに――。


「うちに仕えている者が、二人で出かけたのですが、道中氷雨に打たれ、一人は行方が知れず、もう一人はぼろぼろになって戻ってきましたが、今でも寝たきりです。これって絶対、あの大蛇の、伊吹山の神の仕業ですよね」

「まあ、確かに」

「人死にこそ出ておりませんが、このままでは、いつそうなってもおかしくありません。ですから、わたくし、剣を持って、伊吹山へと赴きました。そして、剣を返すと申し、山神を呼び出したのです。神はすぐさま姿を現しました。そこですかさず、剣の力を借り、ここへ、雲に覆われた異界へと封じてやったのです」


 さすが、行動力半端ねぇ。


「ですが、その代償として、わたくしも共に閉じ込められてしまいました。剣のご加護で、山神がわたくしに何かすることは出来ぬようですが、わたくしもまた何も出来ません。おまけに、ここがあの剣の力で造られた特殊な場所ゆえか、山神はかつての姿を、八岐大蛇の姿を不完全ながら取り戻してしまいました。ですから、花彦さま、どうか八岐大蛇を倒し、わたくしを解放して下さい」


 なるほど、そういう事情があったのか。


「あれ? でも、閉じ込められてんなら、どうしてオレたちの処へ来れたんだ?」

「暫しの間なら、鏡の光で雲を開き、外へ出ることも出来ますが、ずっとというわけには参りません。それから、ではなく、の処へですわ」


 きっちり訂正されてしまった。


「ねぇ、花彦さま。八岐大蛇を倒して下さいますか?」

「うん、いいよ」

「本当ですかっ?」

「もちろん」


 日高のヤツ、また安請け合いしやがった。


「おい、倒すって、どうやってだよ?」


 オレが聞くと、日高は小バカにしたように笑う。


「え? 八岐大蛇だよ。なら、決まってんじゃん。強い酒ガンガン呑ませて酔い潰れたトコを、やっちゃえばいいんだって」


 なんか悪党のセリフみたいにも聞こえますよ、日高さん。

 まあ、確かに、素戔嗚はそうやったけど。

 櫛名田の老いた両親き使って、八つの桶に入った強い酒を用意させ、それを呑んで眠った八岐大蛇を倒したりしたわけだけど。


「でもさ、同じ手がそう何度も通用すんのか? 向こうだって、そこまでバカじゃないだろう」


 また同じように酒が用意されていたら、あからさまに怪しいじゃないか。


「いや、でも、ウワバミだよ。あ、大きな蛇じゃなくて、大酒飲みってイミね、今のは。目の前に美味しそうなお酒があったら、つい呑んでみたくなるもんじゃない?」

「うーん……」


 納得出来ずにいると、意外なところから助け船が入った。


「自分でも真に心外ではございますが、わたくしもその方と同意見ですわ、花彦さま。八岐大蛇も神の端くれ、それくらいの知性持ち合わせているのでは」

「そっかなぁ。じゃあ、どうすればいいと思う?」

「そんなん、オレにわかるわけないだろ」


 八岐大蛇の倒し方なんて、他に知らないし。

 肉弾戦なんて挑んだりしたら、絶対負けると思う。


「お酒に酔うなら、毒とかも効くんじゃない? 毒キノコ、食べさせるのは?」

「致死量、すごそうだな。そもそも、八岐大蛇って、キノコ食うのか?」


 蛇って、基本、肉食だと思うのだが。

 なんとなく、蛙とか、卵とか食べてるイメージがある。


「さあ、わかんない。あ、でも、ベニテングタケって猛毒とかいうけど、寒い国ではお酒に浸して、深く酔えるようにするんだって。あと、ヒトヨタケとかいうのは、食用にもなるけど、お酒と一緒に食べると、二日酔いがひどくなるから、やめた方がいいって」

「オマエ、なんでそんなにキノコと酒の関係に詳しいんだよ」

「夏休みの自由研究、キノコにしたから」


 日高は、ちょっと得意げに胸を張る。

 しかし、その知識が今、役に立つかは疑問だ。


「あーあっ。僕が八岐大蛇なら、逆に酔ったふりして、敵が近付いてきたところを一呑みにしてやるんだけどなぁ」

「それですわっ」


 ミヤズが急に大声を出した。


「何?」

「いえ、あの、お酒は用意しますけど、あまり強いものではなく、あえて弱い酒にそういったキノコを浸して、酔いが回りやすくなるようにするのです。弱い酒なら油断して呑むかもしれません」

「そうかぁ?」

「そもそも向こうは、花彦さまがここにいらっしゃることすら、知らないんですよ。わたくしが酒席を用意したとしても、女の細腕で何か出来るとは、思わないはず」

「うん、そうかも」


 日高が頷くと、ミヤズは嬉しそうに笑った。


「それでは、お酒などの用意は、わたくしがいたしますね」


 なんていうけど、実際には櫛名田の両親のように、あの七人が扱き使われるんだろうなと思うと、なんとなく気の毒になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る