深い眠りの底
ミヤズの合図で、女たちはバラバラに散っていく。
何事だろうと思っていると、やがて、四角く折り畳まれた草葉色のものを手にした女たちが戻ってきて、地面にそれを広げて敷いた。
ミヤズがそこへ座るよう促してくる。
どうやら、屋内ではなく外で、なにかおやつ的なものをくれるらしい。
空は相変わらず雲っているが雨が降りそうな様子はないし、風も穏やかで暑くも寒くもないから、別にそれでも構わないが、遠足みたいで、なんか変な感じもする。
今度は、四角い盆を
盆には素焼きの大きな皿が一つ載っていて、平べったくて丸いクッキーのようなものが山盛りになっている。
さらに、
何だろうと思って覗くと、甘酸っぱいいい匂いがする。
「エビカズラの絞り汁です。そちらは、砕いたカシの実に蜜などを加え、焼いたものです。どうぞ、お召し上がり下さい」
どうぞといわれても、食べて大丈夫なのか?
「あ、美味しい。ちょっと酸っぱくて渋い感じもするけど甘みもあって、すごく濃厚なベリージュースって感じ。このクッキーみたいのも素朴でいいよ。あれ? アズマちゃん、食べないの? 美味しいのに」
「…………いただきます」
なんかあれこれ考えているのがバカらしく思え、オレも杯を口に運んだ。
おお、確かになかなか美味しい。
苦みというか渋みというか、気になる部分も多々あるが、甘酸っぱくて濃厚で、なんかクセになりそう。
そのまま一気に飲み干すと、女がお代わりを注いでくれる。
クッキーの方も、甘さはあまりないが、香ばしくて美味い。
そうやって飲み食いしていたら、なんだか無性に眠たくなってきた。
ひょっとして何か薬でも入っていたのか、と焦ったが、同じ皿や瓶から一緒に飲み食いしている他のヤツらは、なんともなさそうだし、そんなことあるわけな……。
やばい、頭がぼおっとする。
「アズマ、どうしたの? 顔赤いけど」
「なんか、すげぇ眠い」
「あら、まあ。こんなところで眠ったら、風邪を引いてしまうわ。彼……彼女を、寝所へお連れして」
ミヤズの優しさが胡散臭くて怖かったが、意識が
いったいどこに連れて行かれるのか、かなり不安ではあったが、そのまま素直に歩いていくと、掘っ立て小屋といった感じの簡素な建物に通される。
中は薄暗いが、意外と広く小綺麗で、床には蓙と布が敷いてあり、そこで休むよういわれた。
起きているのもいい加減辛くなってきたので、そのまま横たわろうとすると、頭の飾りや肩掛けを外し、身体に布をかけてくれる。
至れり尽くせりで申し訳ないくらいだ。
何かあったら遠慮なく声をかけて下さいという声を聞きながら、オレの意識は深い眠りの底へと落ちていった。
*
「もし良かったら、一緒に来てくれないか」
真っ直ぐにオレを見つめ、花彦がいった。
「東方十二道の平定なんて、いつまでかかるかわからないし、危険もすごく多いと思う。キミが傍に居てくれないと、怖くてやりきれないよ」
「ええ。わたしも一緒に行きたい。連れていって」
オレの口が勝手に答える。
「やだな、冗談だよ。そんな危険な場所に、キミを連れてけるわけないだろう」
いつもの軽口と同じ調子でいい、花彦は笑った。
「キミは今まで通り、ここでオレの帰りを待っていてくれ」
これはウソだと、オレの中で誰かが呟く。
危険な目に合わせたくないというのは本当。
でも、一緒に来て欲しいというのも本当。
だってほら、こんなに震えているじゃない。
膝を突き合わせて座る花彦の右手を取り、両手でそっと包み込む。
花彦の、すがるような眼差し。
図体はでかいくせに、迷い子のようで、ほおってはおけないと思う。
「大丈夫よ……オウス」
手を握ったまま、彼の本当の名を呼んだ。
「あなたは強いわ。誰にも負けたりしない。絶対、大丈夫だから」
「タチバナ……」
左手で肩を抱かれ、そのまま、ぐいっと引き寄せられる。
痩せてはいるが、オレより遥かに逞しい胸、力強い腕。
どこか懐かしい温もりとニオイ。
顔を上げると、額に柔らかなものが押し当てられた。
左手がしっかり肩を支える中、右手は慣れた動作で、オレの上衣の紐を解き、はだけた胸元に潜り込んだ。
「あ……」
思わず漏れた吐息が、彼の髪にかかる。
耳の下から、首筋、露になった左の鎖骨へと、彼の唇は
その間も、彼の指は貪欲に
「ヤメローっ! それ以上進むと、何か指定付いちゃうからーっ!」
*
必死の絶叫とともに、オレは飛び起きた。
心臓がバクバクいって、頭もガンガンする。
サイアクの目覚めだ。
あれが夢だという自覚は、最初からあった。
あの夢の中のオレは、オレであって、オレじゃなかった。
花彦も、日高じゃなかった。
あれは多分本当の花彦で、あの夢も多分本当のことで、あそこにいたオレを、花彦はこう呼んでいた。
「タチバナ」
彼がそう呼ぶ人を、オレは一人しか知らない。
弟橘姫。
花彦を救うため、走水で入水した、彼の妻だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます