前世の姿

 何がどうしてこうなったのか、自分でもさっぱりわからんが、どうやらオレは今、女になっているらしい。

 そして、多分コイツも。


「なぁ、オマエ、日高なんだよな?」

「そうだっていってるじゃん」

「じゃあ、とりあえず、自分の格好見てみろよ」

「格好?」


 そこで初めて、自分の姿を確認したらしい花彦は――


「うわぁ、ナニコレっ? えっ、ちょっと待って。あれっ、なんか声も違う? あーあーっ。うわっ、低い。あ、でも、めっちゃいい声じゃない? あー。自分じゃよくわかんないけど、どう?」

「ああ、はいはい。いい声ですよ」


 やっぱり、日高本人だった。

 しかも、なんだか嬉しそうだ。

 ミヤズに鏡まで借りて、自分の男前振りを惚れ惚れと眺めている。

 女であることがイヤだといっていたくらいだから、それも無理ないか。


「おおっ、すっげぇ。顔もなんかちょっと違う。これって、ナニ? 前世の姿?」

「はい。花彦さまが、もっともご活躍なさっていらした頃のお姿です。きっと神の剣が、己の主として相応しきお姿に変えられたのですね」


 ミヤズが、事も無げに答える。

 薄々思ってはいたが、やはりそうか。

 日高は、神の剣だがミヤズの力だか何かで、前世の姿へと変えられてしまったのだ。

 まあ、本人も喜んでいるようだから、コレに関しては兎や角いう気はない。

 だが、なんでオレまで女に?

 ひょっとしてオレも、前世の姿になったとか?


「あの、ミヤズ……姫。オレはどうしてこんな姿に?」

「あら、あなた、あの煩い坊やでしたのね。ちっとも、気付きませんでした。てっきり、新しい使用人かと」


 坊やってなんだよ。

 オマエだって、お子さまじゃないか。

 と、いいたいトコだが、今は我慢だ。


「キミがやったんじゃないのか?」

「当たり前です。わたくしには、あなたを女人に変えて楽しむシュミなどございませんから」


 それはまあ、そうかもしれない。

 向こうからすれば、久しぶりに愛しい人と過ごせて幸せってときに、他の女が傍にいては邪魔なだけだろう。

 じゃあ、どうして?


「そういえば、さっきもなんかいってたけど、あなた、アズマなの?」

「そうだよっ」


 急にオレの存在を思い出したらしい花彦いや日高が、オレの目の前に来てじろじろと眺めだした。


「へぇ。ふーん。スゴいキレイで可愛いじゃん。ぱっちりした目元とかアズマに似てるけど、包容力とかあって優しそうだし、柑橘系のいい匂いするし、なんか大人って感じだね。きっとアズマも、あと何年かすればこんな風に」

「ならねぇよっ」


 なってたまるか。


「そういえば、前いってた夢の話。女になってたっての、こんな感じ?」

「あっ、そういや、そんな話したっけ」


 自分が女だった夢を見たっていう話。 

 日本神話の女神さまみたいだと思った服は、確かに似ていなくもないが、肝心の顔はどうだ?

 オレが頬に手を当てたら、日高が鏡を渡してくれた。

 恐る恐る鏡面を覗くと、意外とはっきり女の像が浮かぶ。

 高校生の姉よりいくらか年上の、たぶん花彦と同じくらいの年の女性。

 髪はオレと同じ栗色で緩いウェーブがあり、長さはセミロングといったところか。

 ミヤズのように結い上げてはおらず、垂らした髪が邪魔にならないようピンク色の鉢巻きで抑え、右耳の上に白い花の付いた木の枝をしている。

 日高のいったいい匂いは、この花の匂いかもしれない。

 そして、肝心の顔はといえば、化粧っ気などまるでないのに、かなり可愛いと鏡に見入ってしまうほどだ。

 でも、お陰で確信した。


「たぶん、そうだと思う」

「おおっ。じゃあ、それがアズマの前世の姿?」

「それはわかんねーよ。記憶とかねーし」

「そっか。まあ、僕も記憶はないけどね」


 日高が笑ったところで、ミヤズが割り込んできた。


「花彦さまっ。ようなところで立ち話などせずとも、よいではありませんかっ。早う、向こうへ参りましょう」

「そーだね。ちょっと疲れたかも」

「では、どうぞこちらへ」


 ミヤズに付いていくと、かなり立派な建物の前へ出た。

 木造の平屋だが、家屋に半分以上被さるほど大きな茅葺屋根をしており、上には丸太が横に何本も並んでいて、両端はクロスした木材が天に向かい斜めに突き出している。

 また、建物は地面より高い所に床が張られた高床式で、手摺のある縁側のようなものが四方をぐるりと囲んでおり、正面には長い階段がある。

 さっき日高がいったとおり、本当に神社みたいだ。

 観光地にでも来たような気分でいたら、突然何の合図もないのに入り口の扉が外へ向かって左右に開き、中からぞろぞろと女たちが姿を現した。

 ここへ来るまでの間、人の気配がまったくなかったから、誰もいないのかと思っていたが、そういうわけではないらしい。

 ミヤズは人を使用人呼ばわりしていたし、そういう者くらいはいるのだろう。

 全部で七人。

 ミヤズのように、黒髪を一つに纏めて、目元唇に紅を差し、三角形を並べた柄の鉢巻き襷をしているが、着ているものは生成りの上下で、ミヤズに比べだいぶ簡素だ。

 年は今のオレたちくらいで、いずれも和風な美女揃いだが、服も背格好も同じなせいか、七つ子みたいでちょっとコワイ。

 彼女たちは、階段を下りてくると、ミヤズの背後に整列し、恭しく跪いた。

 どことなく厳粛な空気が漂う中、ミヤズが口を開く。


「さあ、花彦さま。お風呂になさいます? 御飯になさいます? それとも、わ……」

「とりあえず、小腹が減ったんで、なんかおやつ的なもの下さいっ」


 わざとなのか、偶々か、日高は最後までいわせなかった。

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