袖すり合うも他生の縁

 ヤマトタケルというのは、あまり幸せな英雄ではない。

 その強過ぎる力を父に恐れられ、遠征の名目で常に遠ざけられていた。

 最期も哀れなもので、自業自得といえばそれまでだが、叔母から借りた草薙の剣を、ミヤズの元に置いたまま、素手で神を倒しに行って、結果返り討ちに遭う。

 そして、身も心もぼろぼろになり、故郷や家族を想いながら、旅の空で亡くなってしまうのだ。

 そんなヤマトタケルが日高って、どういうことだ?

 今の日高は、中身はともかく一応フツーの女子中学生で、明らかにタケルとは違うのに。

 もしかして、転生ってヤツか?

 つまり、日高の前世がヤマトタケル。

 そういや、日高とそんな話をしたばかりだったな。

 アイツは前世などまるで信じてはいないようだったけど、もしあるなら自分は男だったに違いないといっていた。

 しかも、色好みの英雄で、女に酷いことをしたと。

 日高がヤマトタケルなら、そのとおりだといえなくもない。

 男だし、英雄だし。

 さすがに女に酷いことはしてないと思うけど、弟橘姫の最期とか、そんな風に思っているのかも。

 別に気にしなくていいのにって、オレがいうことじゃないか。

 まあ、とりあえず、ミヤズに聞くのが一番だ。


「あの、ミヤズ……姫? ちょっと聞きたいんだけど?」


 遠慮がちに声をかけると、まだ日高と話していたミヤズが、こちらを向いた。

 てっきり無視されるかと思ったが、機嫌がいいのかもしれない。

 だから、思いきっていってみる。


「キミ、日高になんか頼みがあって来たんだろ。それって、日高がヤマトタケルの生まれ変わりだから?」

「そうですけど?」

「ええっ!? なにそれっ?」


 淡々と答えたミヤズに、日高が驚きの声を上げた。


「僕がヤマトタケルってマジで?」

「はい。一目ですぐわかりました。あなたさまの中に、花彦さまのたまがあると。器は変わっても、その輝きは何一つ変わっておりません」

「そうかなぁ。でも、なんか嬉しいかも」


 日高は照れくさそうに笑うと、ミヤズに問う。


「じゃあ、その話が本当だとして、それなら、僕は、何をすればいいわけ?」


 ミヤズが、真剣な面持ちで日高を見た。


「様々な敵をほふってきた花彦さまに、ある邪神を倒していただきたいのです」

「あー、うん、いいよ」


 軽っ。

 オレは耳を疑った。

 今度どっか遊び行かないって誘われたときと、同じノリの答えじゃないか。


「ま、僕に出来るならだけど」

「出来ます。あなたさまなら、絶対」

「そう。それじゃあ、ちょっとやってみようかなぁ、なんて」


 オイオイ、いいのか、そんな安請け合いして。

 どんな邪神か知らないけど、神サマ舐めたら下手すりゃ死ぬぜ。

 それこそ、ヤマトタケルみたいに。

 ああ、やっぱコイツ、本当に生まれ変わりかも。


「本当ですかっ。それなら、さっそく行きましょう。あとは向こうで話します」


 ミヤズが嬉々として教卓から飛び下り、日高の腕を取った。

 気が変わらないうちに、連れて行ってしまおうという魂胆が見え見えだ。


「おい、ちょっと待てよ。行くってどこへ? 四世紀の日本か?」

「あなたには、まったく関係のないことですが」

「そんなのわかんないぜ。『袖すり合うも他生の縁』とかいうし、オレだって、日高と前世で関係があったかもしれないだろ。もちろん、あんたとも」


 そんなこと、本気で思っているわけじゃない。

 売り言葉に買い言葉みたいなものだ。


「あったとしても、敵だと思いますけど」


 悪態を突いたのち、ミヤズはしばし考え込むように押し黙った。


「仕方ないですね。それじゃあ、あなたも一緒に来ますか?」

「ああ、望むところだ。オレも連れていってくれ」


 自分の言葉に、自分で驚いた。

 そんな気、まるでなかったのに。

 ただ、日高をひとりで行かせ、それきり帰ってこなくなったら、寝覚めが悪くてしょうがない。

 だから、一緒に行くのは悪くないと思う。


「アズマ。本当にいいの? 死ぬかもしれないのに」


 なんだ、危険だという自覚はあるのか。


「しゃあねぇだろ。乗りかかった船だ」

「ありがとう。でも、大丈夫だよ。アズマは僕が守るから」


 全力の笑顔を向けられ、オレはどうしていいかわからなくなる。


「乗りかかった船、ね」


 ミヤズも珍しく、オレに向かって微笑んだ。


「船から降りたくなったら、またいつでも飛び降りて下さって構いませんけど、連れていくからには、せいぜい花彦さまのお役に立って下さいね」


 なんだよ、イヤミかよ。


「行き先は、尾張でも大和でもありません。あの日、花彦さまからお預かりした神の剣の力で、わたくしが作り出した結界の内。どの時空からも隔離された異界です。そこへ邪神を封じ込めたのですが、それもいつまで持つかわかりません。どうかヤツらを倒し、わたくしを自由にして下さい」

「ヤツら? 敵はひとりじゃないのか?」

「そうともいえるし、そうでないともいえるわ。でも大丈夫、花彦さまなら」


 ミヤズが、腰から提げていた丸いもの――おそらく、青銅の鏡と思われるものを手に取り、天にかざした。


けまくもかしこき 熱田大神あつたのおおかみ大前おおまえに 道開きたまへと かしこみ恐みももうす」


 次の瞬間、鏡がまばゆい光を放った。

 光は天井から教室中に広がり、ありふれた日常を呑み込んでゆく。

 眩しさに目を閉じると、何かがオレの指先に触れた。

 それは微かに震えていたが、とても温かい誰かの手で、思わずぎゅっと掴んだら、強く握り返してくる。

 そのどこか必死な感じが愛おしく、オレの手にも力が入る。

 もう二度と離したくない。

 そんな想いが、なぜか心でひらめいた。

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