美少女同士の熱い抱擁
彼女は、いったい何者なのか。
どうして宙に浮いているのか。
気になることはいろいろあるが、うまく言葉が出てこない。
耳の下で揺れる金のイヤリングや、長い黒髪を頭の上で
雪白の肌や、目尻と唇に紅を差した顔は人形のように綺麗だが、丸みを帯びた頬のせいか、七五三の子供みたいにあどけなくも見える。
鮮やかな藍色の着物は死装束と同じ左前で、その上に袖のないポンチョに似た白い上着を重ね、左肩から斜めにかけた白と
襷はよく見ると三角形を並べた柄をしており、額に巻かれた藍と白の太めの鉢巻きと色違いのお揃いだ。
胸元には、二重に巻かれた勾玉の付いた首飾り。
そして、腰から下は、足元が見えないほど長い臙脂のスカート状のものを
そもそも、この出で立ちで、パンツを穿いているのかは疑問だが。
それにしてもこれ、さっき話した夢の中でのオレの格好と、雰囲気がよく似ている。
色や形に違いはあるが、同じ世界のものに思える。
もしかして、この少女はあの夢の世界から……って、そんなバカなこと、あるわけないよなぁ。
第一彼女は、オレのことなんて、見向きもしていない。
さっきからずっと、日高だけを見ている。
その小さな赤い唇が、微かに動いた。
「……ヒコさま……」
ヒコ?
それって、日高の名前だよな。
まさか、知り合い?
「おい、日高。オマエ、アイツと……」
オレが日高に声をかけるのと、彼女が動いたのは同時だった。
手を広げ、鳥のように舞い降りてくる。
大きな藍色の袖から伸びた細く白い腕が、ぎゅっと日高に絡み付いた。
「ああっ、
「うわぁっ!」
透き通った可愛らしい声に、お世辞にも可愛いとはいえない悲鳴が重なる。
少女に抱き付かれた日高は、バランスを崩すもなんとか踏ん張り、嫌々をするように身体を捻った。
しかし、少女の力は緩むどころか、より強く抱き締めようとしているのが、端からでもわかる。
美少女同士の熱い
なのにちっとも絵にならないのは、日高の抵抗がガチだからか?
「もう離してってばっ! ちょっとアズマっ!
おい、コラ。
それが人に物を頼む態度か。
大体、なんでいちいち一言多いんだよ、オマエは。
なんていっても仕方ないのはわかっているから、素直に手を貸すことにする。
「おい、いい加減……」
伸ばした手は、少女に触れる寸前、パシッと何かに
手の甲が、じんじんと痛む。
「無礼者っ! わたくしに触れていい殿方は、花彦さまだけです」
少女が、初めてオレを見た。
左目下のホクロが目立つ、奥二重の大きな瞳。
赤みの強い、明るい色の虹彩だが、その印象はとても冷たい。
蛇に睨まれた蛙のように、オレは動けなくなる。
一方日高は、少女の気が逸れたこの隙を逃さず、自力でその腕から抜け出し、オレの背後に隠れた。
って、コイツ、オレを盾にしやがったな。
「なんなの、あんたっ」
オレの背中越しに発せられた日高の言葉に、少女の目の色が変わった。
比喩ではなく、本当に暗く変わったように見える。
「花彦さま。わたくしをお忘れですか?」
そう尋ねる少女の表情は、年相応、いや、年よりさらに
オレを睨み付けていたときとは、まるで別人のように心細げだ。
しかし、日高は容赦ない。
「忘れるもなにも、僕はハナヒコじゃないし、あんたなんか知らないよ。大体、あんた何者なんだ? いきなりあんな風に現れるなんて、絶対フツーの人間じゃない。アズマもそう思うでしょ?」
「ああ、いや、オレ、出現の瞬間は見てなかったから……」
まあ、彼女がフツーでないことなど、宙に浮いていた時点でわかっていたが。
「えっ、見てなかったの? その辺がいきなりピカッと光って、なんだろうって見上げたら、あの女がその光の収束とともに現れたんだよ。しかも、最初は変な長い布を頭の上から被ってて、顔もよく見えなかったから、余計怪しかったし」
そうだったのか。
彼女は本当に、どこか別の世界からやってきた存在なんだ。
感慨深げに見つめると、少女は再び苛立ちを見せる。
「わたくしを無視なさらないで下さいっ。花彦さま、本当にお忘れなのですか? わたくしのことっ……あの、熱く激しい初夜をっ」
「「初夜ぁっ!?」」
オレと日高の声が、綺麗に重なった。
「そうです。あの夜、あなたさまはわたくしを強く求められた。宴の席で愛の歌を交わし、その後、わたくしたちはひとつに……ああっ、花彦さまっ」
少女は頬を染め、可愛らしく身悶えをする。
一方日高も、恐らくは怒りで顔を赤くし、オレの横に進み出た。
「はぁっ、誰が、あんたとっ。僕にはそんなシュミ、全くないからっ。アズマも変な想像しないでよっ」
「してないしてない」
「本当に?」
「してないって」
「また、わたくしを無視なさるっ」
今度はプクッと頬を膨らませた少女だが、しばらく何かを思案するように黙り込んだあと、再びフワリと宙に舞い上がった。
そうして、教卓の上に軽やかに降り立ち、
「先ほどは、失礼いたしました。わたくしは、
「「妃っ!?」」
オレたちの声が、再び綺麗に重なった。
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