第10話 幼なじみとマジデート



 蕩子さんとの約束を忘れたわけじゃあない。ただ•••。

 美月は週2回、俺の勉強を見るために来るけど、その時は亮太も一緒にいるので、まぁ、そういう話はできない。

 わかっている。これが言い訳だっていうことは重々、自覚しているよ。

 でもさ、それこそ互いの黒歴史を知っている幼なじみ同士でさ、あらためて、それも男女として、デートするっていうのは、当事者にしかわからない心の葛藤というものがあるわけで•••。

 スマホが震える。蕩子さんからのメッセージがまた来た。

 先々週、蕩子さんと新宿に映画を見に行って、その、例の約束をしたわけだけど、その次の週明け、つまり今日、美月にそれとなく聞いたところ、土日はどこにも行かないで家にいたよ! とか言われたらしく•••。


 『ヘタレ』


 蕩子さ~ん、やっぱ俺にはハードル高いよ~。

 また、スマホが震える。


 『うそつき』


 既読がついているから、このまま返事しないとエンドレスできそうだったので、とりあえず


 『すみません』


 ソッコー返事がくる。


 『言い訳はいりません。今すぐ美月を誘え!』

 『まだ、行く場所も決めてなくって』


 ゲンドウ画像が送られてきた。


 『おまえには失望した。もう会うこともあるまい』

 『いや、ちょっち待って』

 『また逃げ出すのか?』

 『そんなことは』

 『命令違反、私のプライベートな時間の占有、稚拙な言い訳。これらはすべて犯罪行為だ』

 『わかりました。誘います、誘います!』

 『なぜそこにいる?』

 『僕は、僕はエヴァンゲリオン初号機のパイロット、碇シンジです!※1』

 『ちげーだろ』

 『すいません』

 『約束(2回目)だからね』

 『はい』


 スマホを置く。

 頭を抱えて


 「だーっ、どーすりゃいいんだ!」


 また、スマホが震える。

 蕩子さん、わかりましたから•••。


 『蕩子がメールしろって。なに?』


 と~こさ~ん•••!

 美月からメールさせるなんて、ありッスか?

 もう、本当に覚悟を決めるしかなかった。


   +++


 とりあえず、


 『土曜ってヒマか?』


 と返事したところ、


 『ヒマだよ、悪いか?』


 と、返ってきた。

 なんでキレているかはわからなかったが、


 『じゃあ、遊びに行かね?』


 と、送信。


 ドンドン!


 ギャー! 窓に変質者がいる!


 美月だった。


 窓を開けてやると、


 「さ、寒い~、コタツ、コタツ•••」


 首まで入る。


 「あ~、生き返るぅ。で、なに? どーした?」


 直接来るか? これだから隣に住む幼なじみなんて設定、現実的には全くダメなんだ!

 頭を抱えて、ため息をつくと


 「なんだよ~、洸太が変なメールしてきたんだろ~」


 変て•••、俺がどれだけ勇気を振り絞って送ったと•••。

 しかし、今はこの状況をなんとかしなければ。


 「いや、ちょっと、そのお前を見極めなければならなくなって」

 「なんじゃ、そりゃ?」

 「あ~、いやいや。違った。そう、遊びに行かなきゃならなくなって」

 「なぜに、強制的?」

 「あ、あれ? そんな、強制的なんてこと、ないない、全然ない」

 「まぁ、いいけど。遊ぶってなにすんの?」

 「ちなみになんかある?」

 「言い出しっぺがノープランって•••。ん~、じゃあ、遊園地とか?」


 そこに突然、母さんが入ってきた。

 バーン!って感じだ。

 まさかとは思うが•••。


 「あらぁ、美月ちゃん、来てたの?」

 「こんばんは。突然、すみません」

 「いいのいいの。ところで、遊園地とか聞こえたんだけどぉ?」


 わざとらしいこと、この上なし!

 しかし息子としては、話をふってやる。


 「なに? まさかタダ券を持っているとか?」

 「ふふふ、まぁタダではなかったんだけど、お父さんの会社の方で安く手に入るからって、あんたら子どもたちには内緒で4枚買ってたのよ」

 「で?」


 にや~っと母さんが笑う。

 かお! かお、ヤバいから!


 「息子がデートしたいっていうなら、仕方ない! あげましょう!」


 美月が遠慮する。


 「そんな、家族で行く予定だったのに」

 「大丈夫! 私たちは別の日に3人で行くから。だから美月ちゃんたちは2人で行ってらっしゃい、ね!」


 俺と美月は顔を見合わせると、ははは、と笑った。


   +++


 土曜日。

 寒かったが、快晴。

 俺たちは玄関で待ち合わせをして、駅へと向かった。

 出かける際、坂井家の見送りを受けた以外は今のところ問題はない。

 ついて来ねぇだろうな。

 冬の遊園地は寒いから、しっかり防寒対策していきな! と母さんに言われたのだが、美月とは言え、一応デートである。

 お年玉で服を買ってみた。

 格好つけすぎか? と思うくらいが丁度良いのを前回の蕩子さんとのデートで知った。

 成果が出ていればいいんだけど?

 そんな俺の横を美月はトテトテと歩いている。

 今回も麻由さんのコートを借りたとのこと。なので全体的にオシャレな感じだ。ズルい。

 マフラーもあったかそうだったけど、顔半分隠れているのが残念。

 足も黒タイツとブーツで完璧という感じだ。

 準備万端。

 こうして俺たちは遊園地に向かった。電車を3回ほど乗り換えて、最後はゴンドラに乗る。

 上空から観覧車やジェットコースターが見えてくると、俺たちのテンションも上がってきた。

 美月に絶叫系は平気か聞いたら、ゲンドウポーズで


 「問題ない※2」


 だそうだ。

 そうとわかれば、まずはジェットコースターでしょ!

 母さんからもらったチケットをフリーパスと交換して、入口で案内図をもらい、一直線にジェットコースターへと向かった。

 •••って、やっぱり並ぶよね。

 並んでいると俺たちの後ろにどんどん人が増えていく。

 俺が感心して見ていると美月が俺を見上げていた。


 「なに?」

 「なんで、いきなり遊園地?」

 「美月が行きたいって言ったんじゃん」


 フルフル首をふる。


 「なんで、2人で遊びに行こうって言ったの?」


 まだ1つも乗ってないのに、いきなり核心ですか?


 「家族と遊ぶよりは、美月とどこか行ったほうが楽しいからだよ」

 「そうかぁ、遊園地とかだと亮太くんまだ乗れないの、いっぱいあるもんね」

 「いやいや、美月さんもギリギリっての、結構あるじゃないっすか」

 「ちくしょう、デカいからっていい気になりやがって」


 うまくごまかせたけど、帰るまでには答え、見つけないとな。

 それにしても•••。

 まわりを見ると友だち同士、家族連れ、そしてカップルって感じだ。


 「美月、俺たちって知らない人からはどう見られているのかな?」

 「カップルじゃない?」


 思わず咳き込む。


 「まぁ、会話を聞かれたらアウトかもしれないけどね」


 メガネが光る。

 あー、ちょっとビビった。

 やっぱり美月もそう感じているんだな。

 そうこうしているうちに、俺たちの順番になった。

 日頃の行いか、何なのか、先頭だよ。

 係員の人にメガネを外すように言われて、美月はしぶしぶ外す。


 「景色、見たいのに~」

 「コンタクトにすればいいじゃん」


 余裕で話していたんだけど、最高点に達してゆっくりと前に傾き始める。


 「••••••」


 結論を言おう。

 冬のジェットコースターは、


 「い、痛いよぅ」

 「いやぁ、おもしろい。気に入った! もう1回乗りたい!」


 顔がカピカピになっている俺の横で、おでこ全開の美月さんがきゃっきゃはしゃいでいらっしゃる。

 子どもか!


 「美月~、これ顔痛いよ」

 「それでも男ですか、軟弱者!※3」

 「俺もマフラー欲しい!」

 「もう、しょうがないな」

 「え? マジ? 貸してくれるの?」

 「は? やだよ。そうじゃなくって、半分だけ!」


 ん? つまり、1つのマフラーを2人でってこと?


 「そのかわりもう1回乗ろう!」


 俺は美月に言われるまま、また最後尾に並んだ。

 ふ、2人マフラー!

 い、いきなり恋人イベント、キター!

 ••••••。


 「い、痛いよぅ」


 結局、安全バーで2人マフラーはできなかった。


 「もう、はい」


 美月は自分のマフラーを俺に巻いてくれた。

 美月の熱をマフラーから感じて、急に顔の内側から熱くなる。

 表面は冷たいのに、変な感じだ。


 「なおった?」


 おでこ全開でメガネを外した美月は、俺の顔を見るのに急接近してくる。

 手を俺の頬にかざして


 「どう? 少しはあったかくなった? おお! やっぱマフラーすげー! なんなら貸しましょうか? 有料になりますが?」

 「い、いいよ。ただ顔痛い系は連続禁止で!」


 人の気も知らないで口をとがらせている美月を見て、ますます自分の鼓動が速くなるのを感じた。

 俺はひとつ大きく息をはく。

 少し落ちつくと、美月と相談して屋内と絶叫系をバランスよく楽しむことにした。

 ただ今日は休みということで、どれも並ばなきゃいけなかった。

 最初の連続ジェットコースターの他に3つほどまわったところで、混みそうだからと早めに昼飯をとることにした。したんだけど、それでも混んでいた。

 入りたかった店はやっぱり人気で、美月のなんでもいいよ、の一言でうどん屋になった。まぁ、おいしかったからOKなんだけどね。

 午後になると、日も射してきて多少暖かくなった。それもあって目玉的なアトラクションは制覇できた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるとはよく言ったもので、気がつくと夕方の空になっていた。

 さて、と俺は気合いを入れる。恋人同士のど定番、観覧車に乗ろうと誘った。

 さすがにカップルが多かった。まぁ、今日は俺の隣にも弟ではなく、女の子がいるわけで。

 なんだろう、家族連れで来る時にはない優越感みたいなのがあった。

 俺たちの番がきて乗り込むと、中は意外と寒くなかった。

 ゆっくりと、高くなっていく。


 「遊園地なんて、すごくひさしぶりだね」

 「そうだな」


 美月とは別の遊園地だったけど、何回か行ったことがあった。まだ、俺より美月の方が少し高かった頃だから、3年くらい前だと思う。


 「あ~あ、あの頃の洸太、可愛かったなぁ。それがこんなにデカくなっちゃって」

 「俺もあの頃は美月のこと、普通のお姉ちゃんだと思っていたんだよなぁ」

 「ちょっと、それ、どういう意味?」

 「自分の胸に手をあてて考えてください」


 むう、となる美月を俺は笑いながら見ている。


 「ね、そう言えばさ、初詣の帰り、大丈夫だった?」

 「な、なにが?」


 突然の話題変更に、それも今一番デリケートな部分にふれられて、俺は自分でもわかるくらい動揺した。


 「なんか、あの子、洸太に話があるから送っていけ、なんて言ってなかった?」


 美月にしては正しい。


 「まぁ、そんな感じだ」

 「なぁに? よりを戻したいとか?」


 美月は目をキラキラさせて、迫ってくる。

 イラッとした。

 成田に言われて、蕩子さんにアドバイスをもらって、俺が本当に好きなのは、お前なのかどうかを確認するために、今デートしているわけで•••。

 そりゃあ、美月にはそんなこと言えるわけないし、だからわからなくても仕方ないと思うけど。

 それでもイラッとしている。


 「関係ないだろ、美月には!」

 「な、なんだよ、急に。じゃあ、もう聞きません!」


 せっかくの夕日に映える山の稜線も、今の俺たちにはもったいなかった。


 「あ!」


 美月が声を上げたのは、イルミネーションの光だった。

 俺もその声に反応しかけるが、美月と目が合うと言葉が続かなかった。

 そのまま観覧車から降りても、気まずい空気が漂っている。

 深呼吸をした。


 「美月、さっきは怒ってごめん。でもこんな感じ、嫌だから」

 「うん、私も。なんか洸太がイヤなこと聞いちゃったみたいでゴメン」

 「じゃあ、もう終わりな」

 「うん」


 腹がへっているからイライラするんだ、という美月の意見で、2人でチュロスをモリモリ食べた。

 あったかい飲み物も飲むと、本当に落ち着いた。

 気がつくともう夜になっていた。

 あたり一面のイルミネーションが幻想的な光の景色を作っている。

 案内図でまわる順を決めて歩いた。

 美月はその美しさに感動していたけど、俺なんかはあまりのカップルの多さに驚いていた。


 「洸太!」

 「ん? どうした?」


 無数の光をバックに美月は笑顔で


 「今日は誘ってくれて、ありがとうね!」


 あぁ、俺はやっぱり•••。




※1 エヴァンゲリオン19話より

※2 エヴァンゲリオン1話より

※3 ファーストガンダム2話より

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