第8話 無自覚症状と強制的自覚



 風呂であたたまった俺は再び中井家を訪れた。

 美月も出たばかりらしく、髪をタオルで巻いている。


 「よーし、みんなそろったな。じゃあ、ゲーム大会だーっ」


 母さんは、大晦日には酔っ払いながら家族とトランプや花札、UNOをやるもんだと思っているらしく、この人に育てられた俺もそう思っている。

 母さんたちのツマミをもらいながら腹を満たして、花札総当たり戦、UNO、大貧民、ポーカーとやりたおしたところで、そろそろ紅白も結果が出る時間になっていた。


 「じゃあ、お蕎麦作るね」


 美月が台所に立っている。なんかイメージと違うというか、はっきり言って心配だった。

 蕎麦を先に茹でておくのが、坂井家流で、前に友だちに言ったら驚かれた。でも、この方がすぐにできるし、食べ慣れているからかもしれないけど、蕎麦もこれはこれで美味しい。

 ツユも鶏肉や椎茸からいいダシが出てそうだ。


 「洸太、運ぶの手伝って」


 俺と美月が運んでいる最中に、大人はテーブルをきれいにしていた。

 美月が最後、揚げ玉と七味も持ってきてくれる。


 「いただきまーす!」

 「うまーい」

 「七味かして」

 「私も入れる」


 4人が蕎麦をすする音とともに、除夜の鐘が聞こえていた。

 テレビからカウントダウンの声が流れる。

 そして、新年となった。


 「明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします」


 互いに言い合う。

 母さんは伸びをして立ち上がると


 「それじゃあ、ちゃちゃっと片付けますか」


 母さんはテーブルに散らかったお菓子やグラスを片付け、美月と麻由さんはうつわやグラスを水で流して食洗機に入れている。

 俺はそれらを見ているだけだった。母さんもあっという間に片付け終わると、麻由さんと美月に


 「おじゃましました~」


 と言って帰ろうとした。

 俺も母さんの後ろについて帰ろうとした時、麻由さんが呼び止めて


 「ねぇ、洸太くん。美月と初詣にでも行ってきたら?」

 「あら、いいわね。寒いけど、お風呂つけとくから行ってくれば?」


 母さんまで入ってきた。

 マジか? 朝、早かったし、蕎麦は毎年のことだから付き合ったけど。それに美月ももう限界だろう。


 「あ、行きたい!」


 お前•••。まさか美月が行きたいなんて言うとは思わなかった。

 俺は美月を手で招く。


 「なにが目的だ?」

 「えへへへ、資料写真」


 そんなことだと思った。3対1では勝てるわけがない。やれやれ。

 そうと決まれば完全防寒だ。一度部屋に戻って換装する。一応携帯カイロもしのばせて、玄関で美月を待っていたら。

 あらわれたのは、いつものちんちくりんの美月ではなかった。


 「ちょっと大きいけどあたたかいから着てけってお母さんが。へん?」

 「いや、大丈夫だ。じゃあ、行くぞ」


 麻由さんのコートを羽織った美月は大人っぽく見えた。モコモコブーツにも合っていて、髪を下ろすと背が小さいからか、かなり長く見える。

 な、なんだよ、これ。まるでデートじゃあねーか!


 「洸太?」

 「い、いやぁ、やっぱ夜だと全然寒さが違うな~」

 「うん。でも、このコート、風を通さない。ATフィールド全開!※1」

 「そう、君達リリンはそう呼んでるね。 何人にも侵されざる聖なる領域、心の光※2」

 「へくちっ!」

 「ATフィールド効いてねーっ!」

 「ご~だ、てっし、ない•••」


 なんなんだ、この小動物は! ポケットティッシュを渡すと、ぷい~っと鼻をかむ。


 「こんな真夜中なのに、人多いね」

 「歩きながらの撮影は危険です」


 さっそく撮り始めた美月の頭をぽふっとたたく。

 うらめしそうに俺を見上げるが、しぶしぶという感じで美月は言うことを聞いた。

 神社に近づくにしたがって、屋台の光も増えてきた。服をひっぱって俺を止めると、美月はその屋台の光景をカメラにおさめる。


 「何か買いたいもの、あるか?」

 「うーん、いいや」


 どうやら美月は本当に資料写真のためだけに来たみたいだ。鳥居をくぐって参拝の列に並ぶ。


 「なんかカップル多いね」


 淡々と言う美月を俺は思わずジト目で見る。


 「そーですね」

 「ん? どした?」

 「いーえ、べつに」

 「な、なんだよー」


 なんだよは、こっちだよ。完全に弟扱いのままじゃねーか!

 •••あれ?

 なんで俺、こんなに怒っているんだ?

 そうこうしている時も、ちょこちょこと列は進み、もう少しで俺たちの番だった。


 「洸太は何をお願いするの、ってやっぱり脱オタ?」


 そうだ! って言ってやりたかったけど、なんでかわからなかったが言えなかった。そのかわり


 「美月は俺がオタクやめても平気なのかよ?」

 「••••••。そっか、そう言われると。洸太、オタクやめないで、ね」


 はぁ、と真っ白なため息をつく。そこに突然、俺の名前を呼ぶ声が割って入ってきた。


 「坂井くん」


 後ろを振り向くと、成田萌香が立っていた。驚いて声も出ない俺に成田が話しかけてくる。


 「明けましておめでとう」


 な、なんだ? 少し怒ったような口調に聞こえた。横を見ると美月は知らんぷりを決めこんでやがる。


 「お、おう。おめでとう。こんなとこで会うなんて奇遇だな」

 「お父さんたちとはぐれて、スマホ忘れて、参拝してないけど帰ろうと思ったら、坂井くんが見えたから」


 一気に自分の事情を言いきると成田は無関係者を装っている美月を一度見て、再び俺の方に顔を向けると


 「坂井くんは?」

 「お、俺は•••」


 おい、美月! てめぇ、こっち向いてうまい言い訳でもしやがれ!

 ••••••。

 前を向いたままだよ。あー、もう正直に言うしかねぇ!

 俺が口を開こうとした瞬間、成田の方から話しかけてきた。


 「となりにいるの、坂井くんの彼女?」

 「ち、違うよ! こいつは隣に住んでいる幼なじみで•••」


 美月の肩をグルンとまわして、成田と対面させる。


 「あ、あの•••」


 アワアワする美月。


 「ごめんなさい。私、勝手に彼女さんかと。あ、私、坂井くんと同級生の成田萌香っていいます」

 「な、中井美月っす」


 なんで先輩に自己紹介する後輩みたいになってんだよ。それにしてもなんなんだ? この状況は?


 「そんなに動揺しないでよ」


 成田に図星をつかれて、恥ずかしくなる。


 「実は結構前から後ろにいたんだよ?」

 「え? マジ? なんですぐに声かけないんだよ?」

 「だって、さっきも言ったでしょ? 坂井くんの後ろに追いついたら、隣が女の子だったんだもん。気をつかったんです、これでも」

 「ち、ちょっと待って。結構前ってどれくらいから?」

 「うーん、洸太は何をお願いするの? あたり?」


 マジ、勘弁してくれ。美月を見ると、今度は顧問にいつ怒られるかドキドキしている負け試合後の選手みたいだった。

 すると、成田は手を合わせて謝る。


 「盗み聞きするつもりはなかったんだけど、坂井くんがオタクやめるとか話していたから、それって私のせいなのかな、とか思っちゃって」


 なんて言えばいいか混乱していたら、参拝の順番きちゃうし!

 全く頭の整理がつかなかったので、家族の健康と勉強がさらにできるようにお願いした。

 2人もお願いを済ませて、やっと行列から解放される。


 「坂井くんのおかげで参拝もできたし、帰ろっか?」

 「そ、そうだな」


 横を歩く美月を見て、まだ撮りたかったかなぁ、と心配してしまう。

 今日か明日、また美月に付き合おう。

 一方、成田はというと、俺と付き合い始めた頃みたいに、話しかけてくる。


 「ね、知ってる? 坂井くんて体育祭の時、運動部じゃないのにリレーで活躍したでしょ。あれでね、1年女子の間で人気が上がったんだよ」

 「え、そうなの?」

 「あと、ものすごい年上美人とアキバデートしたって噂がウチらの学年中でひろまったんだよ! 坂井くん、しばらく時の人だったんだから」


 学年中? あんな噂が?


 「マ、マジで? でもあれは全然違うから!」

 「あーあ、失敗したかなぁ、私」


 成田の言葉にドキッとする。


 「中井先輩・・・・、坂井くんて意外にモテるんですよ? 知ってました?」

 「ヘ、ヘェー、ソーナンダ」


 あれ? 成田に美月が年上だって言ったっけ?

 俺の表情を見て成田が笑いかける。


 「私たち、小学校一緒だったの覚えてます? 実は学校の宿題を班でやったとき、坂井くんにみんなで行って、その時に少しですけど話もしたんですよ?」


 そうだったっけ? そんなこともあったような、なかったような。と話しているうちに、俺と美月のマンションに着いた。では、ここでバイバーイとしようとしたら


 「悪いんだけど坂井くん、私んまで送ってくれない?」


 な、なんですとーっ? 美月を見ると激しくウンウンいっている。


 「そうだな、真夜中だし危ないもんな」


 美月がマンションに入っていくのを見届ける。

 で、俺をフった女子を家に送るのか•••。シュールだなぁ。


 「ごめんネ、坂井くん」

 「いや、気にすんなよ、実際女の子1人じゃ危ないし」

 「実はね、家族とはぐれたっていうの、ウソなんだ」

 「へ?」

 「坂井くんを見つけて、友だちがいたからって、自分から離れたの。スマホも持ってるし」

 「な、なんでそんなこと」

 「私、まだ坂井くんに言ってないことがあって。なのに感情的に、一方的に別れちゃって」

 「えっと、なにか俺に話があるってこと?」


 成田はうなずくと立ち止まった。


 「私ね、坂井くんのこと、小5の時から好きだったんだよ。6年になっても一緒のクラスになれて、すごく嬉しかったんだ」


 黙って俺は成田の話を聞いた。


 「でも、その頃からなんかおかしい、というか変わったような気がして。で、さっき坂井くんの家に行ったって話したでしょ? その時にわかったの。坂井くん、6年くらいからアニメやマンガのことばっか話すようになって、きっと好きになったんだなぁって思っていたら」


 成田は一度深呼吸をしてから、話を続けた。


 「坂井くんがアニメやマンガを好きになったのは、全部あの人のせいなんだって。坂井くん、あの人と話す時、すごく自然な感じで見たことない顔、いっぱいしていたんだよ? だから私、1回坂井くんのこと、あきらめたんだ」


 成田が俺のこと、そんな前から好きだったなんて知らなかったし、それに1回諦めた?


 「でもね、中学生になった時、また一緒のクラスになって。諦めようとしても、どうしても坂井くんのこと見ちゃって。それでバレンタインの時、ダメもとで告白したんだよ。知らなかったでしょ?」


 俺はうなずく。顔が熱い。たぶん俺、真っ赤だ。

 でも、じゃあなんで? って、そうか。俺がオタクだからか•••。


 「坂井くんに付き合うって言われて、私、すごく嬉しかったんだよ。でもね、私と話しても、一緒に遊んでも、坂井くん、あの人と一緒にいるときより自然じゃないし、楽しそうでもなくて•••」


 なに? え? 成田、今、なんて言った?


 「え? じ、じゃあ、俺をフったのって、オタクのせいじゃなくて、美月のせい、なの?」


 頷く成田。


 「坂井くん、私と別れたあと、学校で噂になるし、まさかって所で会っちゃうし。もー、いーかげんにして!って感じだったんだから」


 頭をかく。


 「そんなこと言われても•••」

 「わかってるよ! 坂井くんのせいじゃないことぐらい。それでね、ここからが本題なんだけど•••」


 ゴクリ•••。


 「中井先輩、坂井くんのこと、恋愛対象として見てないよ?」


 俺の全身を電気が駆け抜けた。


 「そ、そんなの•••、俺だって美月のこと、そんな風に考えたことないし」


 そこから言葉が続かない。

 成田が首を振った。


 「私は坂井くんのこと、今でも好き。ただ、坂井くんがあの人への気持ちに自分で気づいてないなら、私、坂井くんに告白もできないよ•••」


 成田は涙ぐみながら、俺を真っ直ぐ見てくる。

 でも、情けないが、今すぐにこたえることができない。


 「成田、俺、考えてみる。おまえの真剣さはわかったから。自分の中で答えが出たら、必ず言うよ」


 泣きながら頷く成田に今の俺は何もしてやれなかった。




※1 エヴァンゲリオン12話より

※2 エヴァンゲリオン24話より

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