第7話 父の心配と無自覚症状



 期末テストの終了を合図に始まった、この冬コミ地獄も明後日で終わる。

 終わるというのは冬コミ参加日が明後日の大晦日だということで、美月のコピー本はまだ完成していなかったりする。

 今までだったら


 「ざまぁ(無表情で)※1」


 で終わっていたんだけど、ここまで頑張ったんだから、なんとかしたいと俺も思い始めていた。

 やりきる気持ちはある。でも製本作業については、初めてで自信がなかった。気持ちばかり焦っていたところ、シャワーを浴びに家に戻った時、父さんが声をかけてくれた。


 「だいぶ頑張っているみたいだな」


 ゴールデンウィークの箱根旅行の時にすら一言もセリフがなかったのに、ここへきてセリフがあるってことは期待していいんだよな!


 「うん、ただ製本がうまくできるかが心配で」

 「製本って中とじ印刷か?」

 「うーん、両面コピーで、こう4ページになってて、おると順番通りになっているみたいな?」

 「ああ、父さんの会社のコピー機にそれあるよ」


 キター!


 何も考えず原稿を順番通りに読み込ませれば自動で折られて、ホチキスまでしてくれるらしい。百部刷りたいといったら、さすがにダメだけど、それ以下だったらOKだって。というわけで原稿が出来上がったら父さんが会社につれていってくれることになった。

 美月に伝えるとやる気スイッチが入ったみたいだ。俺自身ももう一踏ひとふりだと言い聞かせながら、時々襲ってくる睡魔をはねのけて作業した。

 そして、どうにか原稿が出来上がったのが、コミケ前日の夕飯前。

 フラフラの美月をベッドに放り込んで、父さんに言って、会社に連れていってもらう。出がけに母さんが


 「私と亮太の2人しかいないから、私たちは私たちで適当に夕飯食べるから、お父さんたちは帰りにどこか食べてきて」


 確かにどれくらいかかるかわからなかったので、そうすることにした。

 で、会社に着き、印刷作業を開始したのだが•••。一度スタートさせたら待つだけで、コピー機の音が静かなオフィスに鳴り響いている。

 完了までの時間が表示されているというので見てみると20分とあった。

 その間、父親と2人なんて久しぶりだったので、なんか気恥ずかしい。


 「洸太、美月ちゃんのおかげでだいぶ成績よくなったな」

 「あ、うん」

 「美月ちゃん、夏の間、バイトしてくれただろ? 社内でも評判よくってな」

 「へぇ•••」


 間があく。


 「お前、美月ちゃんのこと、好きなのか?」

 「え? いきなり何?」

 「いや、手伝いらしいが、その•••。まったりしてるって亮太が」


 りょ~た~! あの無自覚トラブルメーカーめ!

 俺は誤解を解くために説明した。


 「泊まりって言っても徹夜作業だよ」

 「じゃあ、お前は、その•••、好きでもない女の子の家に泊まっているのか?」

 「そうじゃなくて、美月が手伝ってくれって言うから」

 「でも、手伝うと決めたのは自分だろ?」

 「••••••」

 「幼なじみが困っているから手伝っているだけでもいい。そうじゃなく美月ちゃんのことが好きだからでもいい」


 父さん? どうした?


 「父さんは信じているが、もし! もしだ。その、そうなるような雰囲気になったら•••、責任。そう、責任という言葉を思い出すんだぞ!」


 ピーッ。


 コピー機が印刷終了を知らせた。


   +++


 結局、印刷したのは50部。美月と相談して決めた部数だった。帰り途中でまわる寿司があったので、そこで夕飯を済ませて、家に着いたら


 「なに? もう帰ってきたの?」


 母さんはピザをほおばりながら、俺と父さんを見て呆れていた。


 「せっかくの男同士2人だけだったんだから飲んでくれば良かったのに」


 いや、父さん車だし、俺未成年だし。

 そんな母さんたちを放置して、先に風呂に入らせてもらった。

 明日、早いんだよなぁ。並ばなくていいのに、ほとんど始発だよ、やれやれ。

 危うく湯船で寝そうになり溺れかけた。早く布団に入ろう。

 目覚まし時計だけは忘れずに。

 亮太より早く寝たことなんて今までなかったが、この日は布団に入った後の記憶がないくらい、あっという間に寝てしまった。


 で、気がついたら朝だった。あと5分で目覚ましがなる時間だったが、二度寝は怖いのでとりあえず起きる。

 寒い部屋の中、できるだけ素早く身支度をして、家族を起こさないように玄関をでた。

 背中をポンと叩かれる。


 「おはよう」

 「よっ、寝坊しなかったな」

 「失礼な。これがコピー本? 将太さんに今度お礼言わないと」


 美月の口から父さんの名前がでると、昨日の会話を思い出す。

 確かにこんな早朝から出歩く2人って、何も知らない奴が見たらあやしむよな、色々な意味で。

 マンションを出たところで、犬の散歩をしている人とすれ違う。


 「坂井くん?」


 驚いて振り返ると、もっと驚いた表情の成田萌香が立ち尽くしていた。


 「あ、えっと、これは•••」

 「お、おはよう。じ、じゃあ」


 俺は急いでこの場を立ち去る成田の後ろ姿を呆然と見送った。


 「洸太、行こうよ」


 美月は知り合いに会ったくらいにしか思ってなさそうだった。

 頭をかきながらどうしようもないので、とりあえず美月に追いついて駅へと向かった。


   +++


 途中、蕩子さんと合流し、国際展示場に着いた。

 今、俺たちはサークル参加者として一般参加者の人の群れを見下ろしていた。

 蕩子さんにいたっては、腰に手をやり仁王立ちだよ。


 「いや~、すごい人の多さだね」

 「夏はただ来ただけでアッチでしたけど、今回はサークル参加なんで入るのは楽ですね」

 「それにしても、美月。まさかコピー本作ってくるとは思わなかったよ」

 「だってコミケ直前にあの話だよ! 爆弾投下、見事成功だよ~」


 そのせいで俺は地獄をみたけどな。

 会場に入り、自分たちの場所に無事届いている同人誌を確認する。


 「じゃあ、準備しちゃおう」


 蕩子さんの指示のおかげで、見本誌やら、おつりの準備やらテキパキと進んだ。


 「夏の時、先輩のを手伝ったからね」


 いやぁ、心強いなぁ。それにひきかえ•••。横を見るとハムスターみたいなのが何かワタワタしていた。

 俺は両手を胸元まであげて、首をふる。


 「まだあわてるような時間じゃない※2」


 さらに蕩子さんが続く。


 「技術も 気力も 体力も 持てるもの全て 全てをこのコートにおいてこよう※3」


 これで気を取り直したのか、美月はすくっと立ち上がって


 「おう、俺は美月。あきらめの悪い女•••※4」


 あぁ、バカ3人組だった•••。

 その後、開始のアナウンスとともに、地響きが近づいてきた。大軍が近づいてくるって、こんな感覚なんだろうな。

 始まってみれば、なんのことはない。時々、見本誌をパラパラと見てくれる人、そして、その半分くらいの人が買ってくれた。美月が情熱と勢いと狂気で作ったコピー本もチラホラと売れていった。

 3人いると楽で、俺も休憩がてら男性向けの区間を見てまわったりした。

 結果、完売とまではいかなかったが


 「善戦、善戦!」


 と蕩子さんは満足していた。

 2人のキャリーバッグはなんだろうと思っていたが、売れ残りを持ち帰る用だったのね。

 正直、クタクタだったが唯一の男手なわけだから弱音をはくわけにもいかない。なんとか帰り支度じたくを済ませ駅へと向かったら


 「これ•••、行きよりすごくないですか?」

 「はっはっはーっ、この帰りの混雑までがコミケなのだよ、洸太くん」

 「ごめんよ、まだ僕には帰れる所があるんだ。こんな嬉しいことはない※5」


 はいはい•••。もう2人とも頭おかしい。


 俺はできるだけ座って帰りたかったので、いったん東京駅まで行って始発に乗ろう、となかば強引に2人をひっぱった。そうしたら2人とも新宿つく前に寝ちまいやんの。

 あらためて、スマホをみる。

 今日は大晦日。

 俺、何やってんだろう。

 今日の朝のことを思い出す。

 成田萌香•••。

 わずか2ヵ月しかつきあわなかった俺の初めての彼女。

 もし、俺がオタクじゃなかったら•••。

 俺の腕に美月が頭をくっつけてきた。

 無意識に俺は笑ってた。

 美月とこんな感じにはなれなかっただろうな。

 俺はそのまま美月を寝させてやった。


   +++


 蕩子さんの降りる駅に着きそうなので、彼女の肩を軽く叩く。間に挟まっている美月が、うーんとか言っているが無視。


 「あ、なんかすごい寝ちゃった?」

 「新宿前からずっと」


 よだれチェックや髪を整えながら降りる準備をする蕩子さんに対して、美月はまだ寝ていた。俺が起こそうとすると蕩子さんは首をふり、俺に笑いかけて、人差し指でしーっとする。

 本当に美人で可愛いよな、たとえオタクでも腐女子でも蕩子さんならOKだという奴、たくさんいると思う。


 「お疲れ様、洸太くん。良いお年を」


 頭を軽く下げて、電車から降りると、蕩子さんはバイバイと手をふる。俺もつられて手をふった。ドアが閉まるとガラス窓に車内が映り、俺のだらしない顔も映っていた。

 恥ずかしさを隠すのに下を向くと、横で俺にもたれかかっていた美月が目をこすりながら起きる。


 「あれぇ? とーこは?」

 「もう、降りたよ」

 「ありゃ、バイバイ言えなかった」

 「ほれ、もうすぐ降りるから目を覚ませ」

 「はぁい」


 どっちが年上だ? って周りから見たら俺の方なんだろうけど•••。モタモタ動いている美月を見かねて、俺は代わりにキャリーバッグのロックを外して、持ち手を伸ばす。車内アナウンスで次が俺たちの降りる駅だとつげられる。


 「もう少しだ、がんばれ」

 「ん!」


 美月が手を差し出す。やれやれ。少し強めでひっぱってやった。


 「うわっ」


 美月の重さは知っていたので、一瞬で立ち上がらせると、ゆっくり床に着地させる。しかし、まだ寝ぼけているのか、俺の胸に顔をボフッとうずめた。


 「いい匂い、LCLの香りがする※6」


 その時、窓ガラスに映った俺たちはバカップルにしか見えなかった。左手にキャリーバッグ、右手は美月とつないでいる。耳が急に熱くなった。

 押しボタン式なので美月があいている方の手で「開く」を押す。

 ドアが開くと美月はつないでいた手をパッと離して駅に降りた。俺も後を追うように降りたが、美月とつないでいた手だけが冷たく感じた。

 自分の手をみる。一瞬、父さんの言葉を思い出すが、鼻で笑って流した。

 まさか!


   +++


 美月の家までバッグを運んでやると、麻由さんが迎え入れてくれた。こうしてあらためて見ると麻由さんも相当若く見える。


 「おかえりー。寒い中、おつとめご苦労様でした。うちのバカ娘の面倒、大変だったでしょ?」

 「ええ、まぁ•••」


 疲れていたせいか、思わず本音を言ってしまったが、麻由さんは笑って聞き流してくれた。当の本人は頬をふくらませているが。


 「こ~た~、お帰り~」


 キッチンから顔だけ出した母さんが缶チューハイ片手にカラカラと笑っていた。


 「ただいま。父さんと亮太は?」

 「亮太は眠くてダウン。お父さんはその付き添いで帰っちゃった」


 くさっ! 何時から飲んでるんだよ?


 「ま、ま、腹へったろ? いっぱい食べてけ!」

 「うちで一旦いったん風呂入ってくる! 寒くてかなわん。また来るから」

 「洸太、今日、ありがとうね」


 美月が手をふる。


 「お前も早く暖まれ。風邪ひくぞ。また来るから」


 美月んの玄関を出て、自分の顔に手をやる。熱い? なんなんだ?

 考えてもわからなかったんで、トットと風呂に入ることにした。




※1 サーバントxサービス12話より

※2 スラムダンク19巻より

※3 スラムダンク26巻より

※4 スラムダンク28巻より

※5 ファーストガンダム43話より

※6 エヴァンゲリヲン新劇場版破より

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