第6話 無謀なコピ本と混浴の結果



 昨日、美月に学校から帰ってきたらうちに来てと言われた。

 ため息を一つつく。

 中井家のチャイムを押すと美月が出てきた。今日は玄関からちゃんと入る。なんか変な感じだ。

 靴を脱ごうとして、あれ?っとなる。


 「美月、誰かいるの?」

 「うん、もう蕩子が来てるよ」


 いや、だからさ、言えよ、先に!

 美月の部屋に入ると。


 「どうも」

 「あ、洸太くんだ。こんにちは!」


 蕩子さんがマンガを読んでいた。

 こんなに美人なのになぁ。

 手に持っているのは、まごうことなきBLだった。


 「それにしても夏に続いて冬コミにも参加ってスゴいですね」

 「そうねぇ、運がよかったよね。確率としては結構低いから」


 いや、まぁ、その幸運のおかげで、また俺は地獄を見るんですけどね。


 「ところで、蕩子さんも今日は美月の手伝いですか?」

 「まぁ、お手伝いなら洸太くんがいるから大丈夫だと思うけど、その、中身というか、話については洸太くんじゃあつらいだろうし」


 確かに俺に聞かれても、何にも答えられないというか、答えたくない。

 そこに飲み物を持ってきた美月が加わる。


 「とりあえず、どうぞ」

 「いただきまーす」


 俺たちは人心地ひとごこちついた。


 「で、何をやればいいんだ?」

 「え? もうやるの? ••••••はいはい、やりますよ」


 めたこと言っている美月を一睨ひとにらみすると慌てて原稿やらペンやらを並べる。


 「ではアシスタントくん。枠線をたのむよ」


 こいつ、俺が蕩子さんの前だと大人しいのを利用しやがって。

 30分後。


 「ちょっと休まない?」


 自分のネームが進まねえのに、人を巻き込むんじゃねぇ!


 「ねぇ、洸太。聞きたかったんだけど」

 「なんだよ?」


 冷たくあしらう。


 「蕩子と違って優しくなーい」


 ったりめーだ!


 「亮太くんの運動会の時、なんか話しかけてきた子いたじゃん。あの子がもしかして•••」


 ガタッと立ち上がる。

 美月を襲おう、いやいっそ、二度と口をきけなくしてやろうか!


 「わ、ちょっと、タンマ! 待って•••」


 今まさに襲わんとしたときに


 「え、なになに。聞きたーい!」


 蕩子さんが後ろから声をかけてくる。

 一瞬、俺の意識が蕩子さんに向いたすき見計みはからって、美月は蕩子さんの後ろに隠れた。

 ちっ!


 「その慌てっぷり。やはり、うふふふ」

 「えーっ、だから何よ~?」


 美月の服を引っぱる蕩子さん。

 こうなっては仕方がない。少しヤケ気味に


 「そうだよ。あの子が俺をフったんだよ」

 「おー、正直ですねぇ。なかなか可愛い子だったじゃないですか?」


 美月め、完全に俺をおちょくっているな。普段、俺がイジメているのを、ここで仕返しにきたか。


 「え? 美月と洸太くん、付き合っているんじゃないの?」

 「「はい~っ?」」


 ハモる俺と美月。

 全く予想していなかった言葉が蕩子さんの口から出て、俺はもとより美月まで驚いていた。


 「なんで洸太と? まだ中2だよ?」

 「いや、だって美月、ショタじゃん」

 「な、な、何を言うーっ!」


 思わぬところからの攻撃で美月さん、テンパっているなぁ。

 美月はコホン、とわざとらしく咳払いを一つして


 「わ、わかった。そうね、まぁ仮にショタだとしましょう」


 ここで認めないところがスゲーな。


 「でも洸太、こんなだよ? デカいし、目つき悪いし、性格イジワルだし•••」


 蕩子さんは生暖なまあたたかい目で美月を見ている。


 「そ、そりゃあ、同人誌作り手伝ってくれたり、デカくて力あるから便利な時もあるけど•••」

 「なるほど、それで?」

 「だから•••」

 「だから?」


 美月がキャパオーバーした。


 「私が好きなのは小学生なんだよーっ!」


 俺は顔を手でおおい、ため息をついた。

 しかし、まだこの時は平和だったんだ•••。

 この数日後に訪れた修羅場という地獄に比べれば。


   +++


 「あら、洸太くん、いらっしゃい。最近、よく来るね」


 仕事明けの麻由さんが眠そうに俺たちを見る。

 いやいや、今、朝っすよ。そんな何事もないかのようにされても•••。


 「あれ? もう朝?」


 ボンバーな頭を起こして、美月がテーブルにあるであろうメガネを手探てさぐりでさがしていた。

 ゴソゴソ動く美月の後ろ姿を見て、昨晩のことを思い出す。

 昨日から冬休みに入った俺は部屋で売りそこなったマンガを自堕落じだらくに読みふけっていた。

 そう、怠惰だったが、平和でもあった。

 期末テストも上々だった俺の通知表は、母さんを喜ばせるのに充分だった。

 よし! PS4ゲットだぜ!

 クリスマスに期待しつつ、今は戦士の休息よろしく、部屋にマンガを積み重ねて読んでいたのだが•••。

 ドンドン!

 このクソ寒い中、ベランダにいるバカと目があってしまった。

 仕方ないので窓を開けると。


 「ご~だ~、だずげでぇ~」

 「風邪ひくぞ、ったく」


 ティッシュで鼻をかんだ美月は首までコタツに入り込んだ。


 「あったかいねぇ•••。洸太の部屋、このコタツがあるだけでポイント高いよ」

 「だからって窓から入ってくるな、アブねーぞ」

 「心配してくれるの?」

 「あー、はいはい」


 俺は途中だったマンガを読み始める。


 「いや、違うから!」


 いきなり美月がガバッと起きた。


 「なんだよ、うるさいなぁ」

 「違うの! 助けて、洸太!」


 俺はため息をついた後、美月の話を一応聞いた。


 「で、さっき見た最新話で今回描いた同人誌のほかに、どうしても描きたい話ができた、と?」

 「そうそう」

 「え~、アホか」


 一応、ツッコんでやった。それだけでも自分を褒めてやりたい。


 「そんなこと言わずに手伝って~」

 「期末終わってから、ずーっと手伝ってきたよな? それで一昨日おととい入稿祝いだーって、蕩子さんと3人で乾杯したよな!」

 「でもぉ•••」


 どうしてもあきらめきれない感じの美月。

 いったい何なんだ、こいつのエネルギー源は?


 「これが螺旋の力かよ、大したもんじゃねェか!※1」

 「この血のたぎりがさだめを決める。入稿期限も突破して、つかんでみせるぜ己の道を!※2」


 期限、突破していいの?


 「コピ本の予定だから」


 よくわからなかったが、こうして俺は休み返上でそのコピー本作成とやらの手伝いをすることになった。

 でも、いきなりの徹夜とは•••。


 「なぁ、美月」

 「なぁに」


 ボサボサ頭のちんちくりん、メガネロリババァ•••。でも、髪型を整えてメガネをとると•••。ボケた頭で消しゴムをかけていたら、ふと思ったことを口にしちまった。


 「いや、もうすぐクリスマスじゃん? その、彼氏と出かけたりしないのか?」

 「はあ? あんたバカァ?」

 「ご、ごめん•••※3」


 美月は少し間をおいて。


 「私はクリスマス返上でコピ本を完成させるけど、洸太、予定あるんだったら•••」

 「いや、違うから。一応、美月もJKだから、彼氏とかいるのかな、と思っただけ」

 「はっはー、それ言ったら蕩子ですらいないよ。漫画部全滅だぜ!」


 寝不足でテンションがおかしい。

 しかし、そういう俺もどうやら限界のようだった。昼まで寝たいと美月に言うと。


 「OK。じゃあ、1時スタートで」


 こんな感じが、あとどれくらい続くんだ? なんで俺、こんなに付き合いいいんだろう?


   +++


 さらに数日後•••。

 コピー本というのは、どうやらページ数が決まっているらしい。要は両面コピーで1枚に4ページだから、4の倍数になるそうだ。

 いやあ、俺もまだまだ一般人だなあ。


 「でも、これで知っちゃったね、っていうか作っちゃうね、ぷぷっ」


 俺がこぶしをスッとだすと、シパッと原稿に戻った。

 美月、今日が何の日か知ってて言っているんだよな? クリスマスっすよ、クリスマス! マジで返上するなよ!

 文句を言っても仕方がないので、2人してもくもくと作業を続ける。


 ピンポーン。


 「えーい、のっているとこだったのに」


 文句を言いながら玄関に向かった美月だったが、すぐにドタバタと戻ってきた。


 「今日、真美さんがクリスマスだからおいでって!」


 いや、おいでもなにも自分の家だから。

 まあ、麻由さん帰ってくるの夕方だって言ってたし、母娘2人のクリスマスもいいかもしれないけど、せっかくだから母さんに甘えれば、と美月に言う。

 さっそく美月は麻由さんにラインで伝えると直接、坂井家に来るとのこと。

 俺たちも夕方までやりきって、坂井家、つまり俺んに行った。


 「いらっしゃい、ミー」

 「ラブリーマイエンジェル亮太きゅん!※4」

 「はい、ダウト!」


 美月の首根っこをつまんで部屋へと連行する。


 「あーん、私の癒やしが~」

 「セクハラでうったえるぞ」

 「うう•••」


 そこに亮太が入ってきて、とんでもないことを言いやがった。


 「今日は遅くまで起きてていいから早くお風呂に入れって、母さんに言われたんだけど」


 ま、まさか?


 「ミー、一緒に入ろう!」


 マ、マジか!


 美月を見てみたら。

 固まっているのは、まだわかるが•••。

 な、泣いてやがる!

 こ、こいつ、本物だ! 本物の変態だーっ!

 そんな美月にかまわず亮太は、美月の手を引いて風呂場へと急ぐ。

 はたして吉とでるか凶とでるか。

 よくわからんが、2人の背中に思わず合掌がっしょうしていた。

 30分後。

 風呂から上がった亮太はご機嫌だったが、美月は放心状態だった。


 「亮太を見る限りでは犯罪行為は行っていないみたいだな」


 美月が変な手つきをしている。


 「どうした?」

 「ツ、ツルッツル•••」


 反射的に美月の頭をはたく。

 は、犯罪者だーっ!

 こいつ、どうしてくれようかと思いあぐねていると、母さんに夕飯の準備ができたから来いと言われた。

 席につくとテーブルにはいかにもクリスマスというものが並んでいる。

 しかし風呂ではなく別の理由でのぼせていた美月は、チキンやケーキを少し食べただけで、席を立った。

 母さんに目で行け、と言われたので部屋にいってみると、美月はコタツに入ってボーッとしていた。とりあえず向かいに腰をおろす。


 「調子悪いのか?」

 「私さあ、自分のこと、ショタだと思っていたんだけど•••」


 なんだ? いきなり何言い出してんだ?


 「さっき亮太くんとお風呂一緒に入って、なんかさぁ」


 俺は黙って聞いている。


 「違うというか、うーん。私のショタって2次元だったというかファンタジーだったというか」

 「なんだ、そりゃ?」

 「うまく言えないんだけど、今も亮太くんやそのくらいの年の男の子は大好きだよ。でも、マンガにあるような感じではない、というか」

 「同人誌の内容を実際やろうとするな!」

 「いやいや、あそこまではさすがにしないけど。そうじゃなくて、やっぱりお母さんが正しかったんだなぁ、って思いだしちゃった」

 「麻由さん?」

 「うん。洸太が中学生になって、なんか私から離れちゃった時•••、当時は認めてなかったけど私、落ち込んでたみたいで。姉離れってお母さんに言われたんだけど、どうしても認めたくなくって。で、なんか迷走したらこんな趣味になっていたというか」


ははは、とぎこちなく笑う美月に俺はなんて言えばいいのかわからなかった。




※1 グレンガラン25話より

※2 グレンガラン最終話より

※3 エヴァンゲリオンのシンジとアスカのやりとりより

※4 俺の妹がこんなに可愛いわけがない5巻より

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