第4話 小学校運動会とショタのシンクロ率



 父さんに美月がアルバイトしたいと話したら、是非に、とのこと。

 仕事の内容は父さんが勤めている会社が移転することになり、この機に紙の書類をPCに入力して電子化しようというものだった。

 今日の美月は日中、父さんのところでバイトして、夜は俺と亮太の夏休みの宿題を見てくれている。


 「洸太、ここはもう1人で大丈夫だよね。それじゃあ、亮太きゅん、わからないとこ、あるかなぁ?」


 自分の宿題もしつつ、美月のセクハラにも目を光らせていなければならない俺って。

 音も気配も身体の上下動もなく移動する美月。

 亮太の背後から近づく美月のそれは、変態のそれと同じか、それ以上の何かだった。

 亮太、逃げてーっ!


 「はい、ダウト! 離れろ!」

 「え~、これもダメなのぉ? 亮太きゅんは私の癒やしなんだよーっ!」


 背後から抱きつくことがOKなら、お前の中でのアウトは何なんだ!

 俺はジト目で美月を見る。

 それを受けて美月はニヤッと笑った。

 頼むから犯罪だけはしてくれるなよ。


 「•••美月、バイトはどうなんだよ?」

 「んー、超簡単。私、オンラインゲーでブラインドタッチなれてるから」


 父さんも美月の仕事っぷりはめていた。そのことを伝えると。


 「え? 本当? うれしい!」


 あら? てっきり自慢スイッチ押したと思ったが、美月はそれこそ、見た目通り子どものように照れている。


 俺があれ~?と首をかたむけて不思議がっていると


 「ウチ、お父さんいないじゃない。だからバイトしているとき、色々優しくしてもらって、なんか、照れるような嬉しいような•••。とにかく、そういうこと!」


 美月の意外な表情というか、気持ちを知って、俺の方まで恥ずかしくなる。


 「ミー、お父さんいないの、かわいそうだね」

 「亮太きゅん! ミー、なぐさめて欲しい!」


 ここぞとばかりに亮太の胸にタックルする美月だったが、バカめ、ウチのピュアブラザーをなめるなよ!


 「ギュッてしてあげるから•••、ミー、元気出して!」

 「おっふ!※1」


 鼻をつまみながら、亮太の胸から脱出する。


 「っぶねー、鼻血で亮太きゅんの服、汚すとこだった•••」

 「ふん、家族どころか極悪犯すらピュアになるほどの純粋さを持っているぞ!※2」

 「ぱないの!※3」


 弟よ、そんなキラキラした目で兄のこんな姿を見ないでくれ。


   +++


 色々あった夏休みも過ぎていった。

 その夏休みの宿題だけど、今年は去年までと全く違った。

 完全に、それも基本的に自分で終わらせられたことなんて今まであったっけ?

 小学校の時、工作の宿題で母さんに泣きなら作ってもらったら、とんでもなくクオリティの高い作品でしばらく話題になったことがあったが••••••。

 あれはイタかった。将来結婚して自分に子どもができたら、ちゃんと小学生クオリティで手伝ってあげようと誓う。

 しかし、今年は違った。

 宿題を完璧に提出し、また友人たちにアドバイスまでしてやったぜ。

 俺の9月上旬は2月を底打ちに復活するんじゃねーか?という感じだった。

 しかし現実はそんなに甘くなく、平日に行われた体育祭では無意味な足の速さを披露しただけで、9月中旬は何の変化もなく過ぎていった。

 ただ、恋愛関係じゃないけど、9月が終わる頃には美月先生のおかげで、だいぶ授業についていけるようになったよ。

 そして、今はもう10月。

 今日は美月の家庭教師の日。

 美月はモジモジと亮太になにかと言おうとしている。


 「亮太くん、ミー、今度の土曜日、亮太くんの運動会に行って応援したいんだけど•••、いい?」

 「ミー、来てくれるの? やったーっ!」


 今週の土曜、亮太の小学校で運動会が行われる。

 どこでその情報を聞いたんだ?

 無邪気に喜ぶ亮太を見る美月の後ろに立つと。


 「おい」

 「な、なにかな?」

 「もし亮太に限らず変なまねしたら•••」

 「ゴクリ•••」

 「出禁のうえ、今後、亮太の視界に入ることは許さん」

 「は、はーい•••」


 •••バズーカ砲みたいなカメラとか持ってくんじゃねぇだろうなぁ。

 まぁ、ウチの親の目もあるから、そうそう無茶はしてこないだろう。


   +++


 で、運動会当日。

 違和感なく坂井家に溶け込んでいる美月は、家族用スペースに母さんとシートなんか敷いている。


 「はい、これ今日のプログラム。それでね•••」


 母さんがシートのまん中に本日行われる競技が記載された紙を置くと。


 「この、4年生の出し物で家族参加の二人三脚っていうのがあってね」


 美月を見るとその表情はとてつもなく真剣だった。

 こいつ、まさか•••。


 「亮太に言われたんだけど、美月ちゃん。出てくれない?」


 キター!

 美月はメガネを光らせながらガッツポーズしていた。

 まぁ、聴衆の面前で変なこともできないだろう•••。

 美月の返事は


 「喜んで!」


 居酒屋か!

 美月と違って何の競技にも参加しない俺は亮太の出る競技以外、秋晴れの空の下、ゴロゴロとしている。

 子どもたちの声、いかにも小学校の運動会らしい放送部の応援、意外と最近流行った曲を使っている入退場や競技中のBGM。

 亮太は自分たちのクラス席にいるので、美月を監視しなくても大丈夫だった。

 ただ、後ろを通る少年たちを見る目が•••。

 おいっ! 顔!

 むくっと起き上がると俺たち2人だけだった。

 美月は歩いている男の子たちを目で追っていて、俺が忍び寄っているのに気づいていない。狙いをすまして無防備なわき腹をツンとつつく。


 「ひゃっ! な、ガキか!」


 そりゃ、すみませんね。

 顔を赤くする美月を無視して


 「お前のストライクゾーンってさ、小4以上なのな」

 「な、な、なに、なにを言ってるの?」

 「いや、だからさ、お前の好みの話なんだけど」

 「は、はぁ? 私の好みはお金持ちでスポーツ万能でルックスもよくって学内にファンクラブとかある人だよ!」

 「あ~、で、あんまりハァハァするな」

 「し、してないし! したことないし!」


 はいはい。

 父さんと母さんが戻ってきた。


 「美月ちゃん、そろそろ行ってくれる?」

 「は、はい」


 ちらっと俺をにらんで、靴をはく。ちゃんとスニーカーでやんの。


 「頑張ってねー!」


 俺たちに見送られて美月は集合場所に行った。


 「美月ちゃんなら亮太とそんなに変わらないしね」

 「確かに」


 二人三脚だから、背が釣り合っているほうが有利だろう。それでなるべく身体をくっつけて•••。

 そうか、聴衆の面前でセクハラかます気か、あいつ。

 やけに真剣だった美月を思いだす。

 そして競技が始まり。


 「ほら、次、亮太たちよ!」


 興奮気味にカメラをかまえる母さんとかけ声をかける父さん。

 あんたらの息子は今、セクハラを受けてますよーっ。

 亮太たちがスタートラインに立つ。

 他の組み合わせが大人と子どもなのに対して、亮太たちは完璧にシンクロしていた。

 互いに手をまわしてギュッと密着し、腰と太ももを寄せて、結ばれた足を一体化させている。


 「位置について、よーい•••」


 あいつらだけ前傾姿勢だぞ?

 どういうこっちゃ?


 パーン!


 まずスタートダッシュが違った。

 他の組がイッチ、ニッ、イッチ、ニッといかにも二人三脚なのに対し、あいつらのは•••。

 1・2・1・2と、つまり倍のペースというか、8ビートと16ビートの違いというか、とにかく、チートだった。


 「なにあれ?」

 「はえーっ!」


 まわりをざわつかせながら、他の組をどんどん離していく。

 中には頑張るお父さんがいて、完全に子どもの足が浮いている状態で走っていたが、ヤツらの前では無駄なあがきだった。

 って、マジでなんなんだ?

 あの走りは!


 「すごーい! 亮太たちぶっちぎりじゃない!」


 盛り上がる両親。


 「何人なんぴとたりとも俺の前は走らせねぇ!※4」


 あのバカ•••。

 ぶっちぎりのゴールのさいの美月さんのセリフだった。


 「いやぁ、我が娘ながらすごいね」


 俺と両親が振り返ると美月の母親、母さんの親友でもある麻由さんが立っていた。母さんの話では夜勤明けで目が覚めたら運動会に来ると言っていたそうだ。娘の雄志に驚きながら、俺たちのシートに入ってくる。


 「将太さん、洸太くん、こんにちは」

 「どうも」

 「真美、ごはん、まだ食べてないよね?」

 「なに、お昼食べに来たの?」

 「へへへ」


 さすが美月の母ちゃんだな。


 「いやぁ、それにしても、ここは•••」


 麻由さんはまわりを見回して、苦笑いを浮かべる。


 「これだと美月はつらいのか? それとも嬉しいのか?」

 「うーん、亮太でだいぶリハビリしているから大丈夫だと思うけどね」


 え? なに? どういうこと?

 俺が母さんを見ると。


 「ほら、麻由が変なこと言うから洸太が心配しているじゃない」

 「い、いえ、僕は•••」

 「あぁ、ごめんごめん。たいしたことじゃないから」


 たいしたことじゃないの? 本当?

 内心は聞きたくて仕方なかったけど、なんとなく気後れしてしまった。


 この二人三脚が午前最後の競技で、すぐに亮太と美月が帰ってきた。


 「父さん、母さん、1位だったよ!」

 「すごく速かったね、亮太くん」


 麻由さんが笑顔で亮太の一位をたたえる。


 「こんにちは。ミーがすごかったの! ギュッとされて、全速力で走っていいよって言ってくれて。1人で走っているくらい速かったよ!」


 興奮さめやらぬ亮太に対して、ゴールテープを切った勢いはどこにいったのか、美月は水分補給して、やっと落ち着いたおばあちゃんみたいになっていた。


 「さぁ、お弁当にしましょう!」

 「やったぁ! いただきまーす!」


 テンション高い母たちと弟だった。

 やっと復活した美月に。


 「お疲れ様。すごかったじゃん」

 「い、いやぁ、ちょっち無理したわ~」

 「ほれ」


 手拭き用のウェットティッシュとハシを渡してやる。


 「ありがと•••」

 「なんだよ」

 「なんか洸太、こういうとこ、来るとは思ってなかった」


 いや、お前の監視だからね。

 そこにどこからともなく。


 「亮太、すげーな、お前のお姉ちゃん!」

 「なんであんなに速いの?」


 なんか、わちゃわちゃと小学生男子がわいてでてきた。


 「お姉ちゃんじゃないよ。隣に住んでるんだ!」


 友達に注目されて得意になっている亮太、兄の俺から見ても無邪気でかわいい。

 大人たちはデレデレの顔になっていた。

 美月は•••、女の人も鼻の下、長くなるんだな•••。

 俺に現実を教えてくれた美月には悪いが、その放送禁止の顔を亮太に見せるわけにいかなかったので、頭を鷲掴わしづかみにするとグリッと亮太がいない方向に向けた。

 美月は逆らうように無理やり頭を戻そうとジタバタしている。


 「智希、何してんの? 行っちゃうよ!」


 亮太とその友だちがじゃれついているところ、外から声をかける人がいた。

 聞き覚えが•••。

 声の方向を見ると、そこには成田萌花が立っていた。


 「坂井くん?」

 「成田•••」


 まわりを静かにさせた俺たちはその場を取りつくろう。


 「さ、坂井くんも来てたんだ?」

 「あ、うん。弟の応援で」

 「じ、じゃあ、私、行くね」


 振り返りざま成田の顔が赤くなっていた気がした。


 「リ、リア充爆発しろ!」


 俺の手の中でもがきながら、美月がうめいていた。




※1 照橋を見た斉木以外の男が思わず言う驚きの声(諸説あり)

※2 35巻セルのセリフより

※3 偽物語の忍野忍のセリフより

※4 Fの赤木軍馬のセリフより

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