第6話 波夫の説教

「お前らな、いったいなんなんだよ! なんで俺のことを襲うんだよ!」


「おはよう、波夫」

「おにいちゃん、おはよ~」


「おはようじゃない! 人の話を聞けこら!」


 今朝の波夫はうざい。

 もともとうざい奴ではあったが、最近相当うざい。



 波夫は男という特異性だけを武器にこの家に居座っている。


 前にも言った通り、磯野家の収入はほぼ、香織が稼ぎ出している。

 毎月の父の仕送りは三人の小遣い分だけだ。


 そして、家事全般は、私が行っている。


 波夫は、何もしない。何もしていない。


 贔屓目に言って「学校に行く自宅警備員」だが、隙がありすぎて自宅警備にすらなっていない。逆に香織のなぐさみ者になっている。なんとなく番犬として毛深いチワワを飼っているようなイメージである。ほぼ愛玩用である。


 その波夫が今朝はうざい。


 理由はよくわからない。昨晩のことを何か言っているようだが、当然のように私の記憶からは消えているから。



 だけど、このままだと学校にも行けないので、はっきり言ってやった。


「あんたねー、朝からうるさいのよ! っていうかあんた居候いそうろうのくせに何もしないじゃない! 寝てるときに布団をいつも股間で持ち上げてテント作ってるだけじゃない! それって、ただの変態じゃない! 薄い本、いつも洋物とロリばっかりじゃない! 使う機会なんかないくせにドラッグストアでコンドーム買ってるじゃない! 意味わかんないんだけど!」




 一瞬の沈黙の後、波夫の毛髪がひとひら、はらりと落ちた。




「ごめん、言い過ぎた」


 そこまでショックを与えた私が鬼だった。すまん波夫。


 明日からはあんたを襲わないように、香織にきつく言い聞かせとくから。


 でももしすでに動画サイトにデビューさせられていたのであればあきらめろ。




 教室に入ると、クラスのカワイイ子たちがイケメンのウミウシさんを連れてきていた。何人かは心なしかあごが上がったままになっている。私も安心してケイさんを肩に乗せ、着席した。


「おはようございます」


 担任の塩村麗華先生が教室に入って来てホームルームが始まる。塩村先生も肩にウミウシさんを乗せていた。良かった、ウミウシさん公認なんだ。



 ホームルーム後の女子の会話はやはりウミウシさんの話題で持ちきりだった。


「いいな~。私も早く素敵なウミウシさんが欲しい!」

「大丈夫だよ。佳久子にもすぐに素敵な出会いがあるって」


 そんな感じでめいめい、盛り上がってる。

 あごが上がったままの子は会話に入れなくて午前中はつらそうね。




 教室移動で廊下に出た時、隣のクラスの磯貝京子ちゃんと目が合った。


「おっ! 京子ちゃん、オッスオッス!」

「こんにちわ! 桐子さん」


 京子ちゃんの肩にも、やはりイケメンさんがいらっしゃった。だけどケイくんとは雰囲気がだいぶ違う。ウミウシさんじゃなくてイソギンチャクさん?


 確かにかっこいいし、インテリっぽいイメージ。京子ちゃんにお似合いだと思う。あれ? でも京子ちゃん、幸一くんと付き合ってなかったっけ? 彼氏さん、幸一くんとはだいぶかけ離れた気がするな~。飽きて乗り換えちゃったのかな? できる女は違うね~。


 と、なんとなくぼんやり見とれていると


『あ! あれは海野さん、隆二さんだ!』

(あれ? お知り合いなの?)


『うん。僕たちとは種が違うんだけど、仲はいいよ』

(そうなんだ)


 ケイさんとそんな脳内会話をこなしつつ、私と京子ちゃんは、笑って挨拶して別れた。

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