桐子side

第2話 ケイさんとの生活の始まり

 自慢ではないが、私は嘘をつくのが下手だ。


 特別嘘つきになりたいわけではないのだけれど、ここ一番で嘘をつかなければならないときには絶対にバレてしまう。


 そんなわけで、異性とのやり取りに自信が持てない残念女子になっていると自分では思っていた。


 いや、実は今でも思っている。なぜなら、コンプレックスを解消しようとして買ったこの本「簡単に嘘をつけるようになる方法」を完読したが、ここに書かれていた方法が全て嘘だと最後にわかり、発狂しそうになったばかりだからだ。


 というか嘘がつけないだけじゃなく、むしろ騙されやす過ぎやしないだろうか? 今にして思えば、破格値だと思って4280円で買ったこの本の値段設定も、なんとなく通常価格より高い気がしなくもない。定価は……いや、確認はすまい。


 本をカバンにしまい込み、青になった横断歩道を渡って帰宅していたそんな私が、突然運命的な出会いに遭遇するなど、よもや誰も思うまい。しかし真実は奇なり! 小説よりも奇なり! なんと、きょろきょろしながら歩いているウミウシさんを見つけたのだ! それも超イケメン! そしてなぜかお困りのご様子!


 これは声をかけねばっ!


「なにかお困りですかー?」


『ああ、すみません、このあたりにどこか泊めてもらえるところがないかな、と探していまして……』


 キターッ!! いや待て待て、こんなうまい話がこの世の中にあるのだろうか? さっき私は何かを反省しなかったか? 高校二年生にもなって月のお小遣いが500円しかなくてスマホも契約できないこの私がどこかアテンドなんてムリだしそもそも所持金もないからその後にデートとか不可能だしだからといって全額相手持ちでラブホとか失礼なことはできないし公園とかハードル高くて……


 ということで


「じゃあ、私のところに来ません?」


『え? いいんですか?』


『大丈夫ですよ。今うち親がいなくて三人兄弟だけなんで』



 直球勝負にかけてみたが、なんとか乗ってくれた。




「へー、ケイさんって言うんですか。私は磯野桐子っていいます。」


『高校生?』


「高2です。ケイさんはウミウシさんですよね?」


『うん。ひょっとしてウミウシ属に会うの、初めて?』


「はい。初めての方がこんなにイケメンなんで、ちょっと緊張しちゃってますが」


 そう答えつつも、私はこの後の展開を綿密に計算することに必死で、あまり会話に集中していなかった。でもよくよく考えたら、この会話ってエロビデオの出だしの自己紹介っぽいよね?



「とりあえず私の部屋にいてもらってもいいですか? それと、このあと食材買ってきますけど、ケイさん、今日食べたいものとか、あります?」


『うーん、そうだなー。特に今日は食べなくても平気だけど、買い物に付き合ってもいいかな?』


「え? 付き合ってくれるの?」


 そうだった! 行為より先にまずはお付き合いからよね? 普通そうよね?


 ていうか、今にして思えば、ケイさんって紳士だしあまりはしたない態度を見せると幻滅されるかもーって、今の私にそんなさじ加減できるわけないしー、せっかく連れ込んだからって逃げられないよう必死になりすぎて若干パニックでこの部屋に軟禁しようとしていたことを見透かされていたら逮捕されるかも私……


『ダメかな?』

「ううん、すごく嬉しいです。今まで買い物とか、いつも一人だったから」


 そう言いながらも、綿密な計画が音を立てて崩れた気がして、私は愕然とした。


『兄弟は年が離れてるの?』

「いえ、双子の弟と、2こ下の妹なんで」


『そうなんだ。僕の弟も二つ下なんだけど、僕らくらいになると年とかあんまり関係なくなっちゃうんだよね』


「何言ってんですか。ケイさん、十分お若く見えますよ」

『そんな、桐子ちゃんみたいな若くてかわいい女の子に言われたら照れちゃうよ』


 ん? 今、何かおっしゃいましたか? 私が? かわいい?


「ひょっとして、ケイさんって、独身?」


『え? うん、そうだけど……』


「ケイさん、私と付き合ってくれませんか?」


『えっ?』


 私はいつも、言ってから後悔するタイプだ。しかしこのくせ、なかなか治らない。


『僕なんかで、いいの?』


 キ……キターッ! ついにキターッ!


 言うぞ言うぞ! 夢にまで見たあのセリフ! 



「あなたが、いいの♡」




 こうして私はこの日から徐々に、何者かに生まれ変わっていった。

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