第12話 友人

 そんなわけで今朝から気分は爽快だったが、ニュースで戦争の経過が伝えられ、町中を歩く男性が少なくなるのを感じると、やはり心が痛んだ。クラスの他の女子のように簡単に割り切れない自分がいた。


 なぜだろう、自分には兄弟すらいないのに。父親を失ったことについても、全く心が動かなかったのに……


 そんな私が教室につくと、やはり今日も担任のフグタ先生がお休み、そして副担任のオウガ先生も不在で、ホームルームが中止と告げられた。二度と戻ってくるはず、ないのにね。


 ちなみにうちのクラスの男子はほぼ全員登校していたが、他のクラスでは大半が欠席しているみたい。


 そんな中での情報だが、うちのクラスの数人の男子は、毎晩のように「ムセイ」というものをするそうだ。私には「ムセイ」というものが何なのかよくわからないが、やっぱり変態な感じなのだろうか? あかあかすりすりみたいな?


 そんなこんなでいつも通り、一時間目の授業が始まる。これだけ男子の多い教室だと、流血事件が発生するんじゃないかと私は気が気ではなかったが、それでも早退するつもりはなかった。隆二くんが守ってくれると信じていたのもあるけれど、本音では家にいたくなかったんだろうな。


 お昼休み、クラス中が騒然となった。潮崎さんの彼氏さんの訃報が女子たちの間に飛び交ったのだ。


 なんでも、潮崎さんに思いを寄せていた青木くんが潮崎さんの彼氏さんに決闘を挑み、打ち負かしたのだとか?


 決闘なんて時代錯誤かつ幼稚なことが本当に起きるなんて信じられなかった。というか、これを機に大きな殺傷事件が起きたらどうしよう! もし、隆二さんが争いに巻き込まれたりなんかしたら……


『僕は大丈夫だよ、京子』

(そんなこといったって、潮崎さんの彼氏さん、死んじゃったし……)


『大丈夫。隆三は、よみがえる』

(え……)


 どういうことかしら?


『彼は七海雄しちかいゆうの一人だ。いずれ生まれ変わってよみがえる』

(よくわからないけど、安心していいのね? でも、隆二くんは?)


『僕や隆一もそうだよ』

(じゃあ安心していいのね!)


『ああ。よほどのことがない限り、大丈夫だ』

(わかった、あなたのこと、信じるわ)



 冷え切った空気の中、授業が始まる。


 塩村先生の肩にはイケメンのウミウシさんが乗っていた。



 事件が発生したのは授業開始後10分経過したころだった。


「うわああああああ!!!」


 突然奇声をあげて立ち上がった青木くんにクラス中の目が集まった。


「ヒイイッッ!!」


 青木くんの右隣の神田さんがこれまた奇声を発し、青木くんを避けるように体をねじる。


 その声で我に返った青木くんはあわてて着席する。


 だがその時、私は確信した。


 居眠りしていた青木くんが「ムセイ」したことを……


 「夢」の中で射「精」するから「夢精」なのね!


 授業中のうたた寝で、青木くん、エッチなことを考えちゃったのね?


 お相手はやはり、潮崎さんだったのかしら?


 私のなかで全てがつながった! こりゃすごい!

 そしてわたしは青木くんのことを、なぜかちょっとカワイイと思ってしまった。



 ところが、そこで冷徹な塩村先生が命令する。


「青木くん、トイレに行って拭いてきなさい。臭うから」

「は、はい……」


 力なく答え、ズボンを穿きなおして教室を出て行った青木くんが、社会的に抹殺された瞬間だった。


 実際、彼の顔には、死相が見えた。



 私は、笑った



 なぜか笑いがこみ上げてきた



 むしろ笑いがこらえられず、死にそうだった



 こんなネタ、許されるのだろうか……

 

 卑怯すぎないか?



 悲壮感ただようあの青木くんの姿に、私は付き合っていたころの幸一を思い起こしていた。電気ショックでピクピクしながら発射したり、ロープで締められつつソフトクリームでいじられながら発射する哀れな幸一の影を重ねたのだ。


 幸一は何をどういじっても発射していた。なんというか、それが普通だった。それが今になって、人を変えて第三者として見てみると、ここまで笑えるものとは思わなかったのだ(とはいっても、あのころの私も相当笑い転げていたとは思う)。


 おそらくこれは報復措置なのだろう。誰が仕掛けたのかはわからないが、青木くんが隆三さんを殺害したことに対する反撃だったに違いない。誰がどうやったかは正直わからない。だけど、こんなことを見せられた以上、私は青木くんのことをいとおしく思わざるを得なくなっていた。もちろん恋愛対象ではないけれどね。



 放課後、潮崎さんの席で私は彼女を慰めた。


「大丈夫。隆三さんはよみがえるから」


「本当に?」

「うん。隆二くんが言ってるから間違いないよ」


 そういうと、潮崎さんは私に自らのことを語ってくれた。


「私ね、隆三と会うまでは、恋愛とかできなかったんだ」

「そう」


「なんていうか、ここ数日、隆三が私のすべてだった」

「その気持ち、わかる」


「普通の男の子とは違った。運命を感じたの」

「わかるわかる! 私も……」


「いつになったら会えるのかしら? 早く隆三に会いたいな」

「え、えっと、隆二さん、いつ頃になるのかしら?」


『あと千年もすればよみがえると思います』


「…………」

「…………」


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