第10話 女たちの喧騒

 朝学校から出かけるとき、お母さんが言った。


「今日はできるだけ遅く帰ってきなさい。だけど、気をつけてね」


 私には、お母さんの言葉の意味が何となく、わかった。



 教室についたが、担任のフグタ先生がお休み、しかも副担任のオウガ先生も不在で、ホームルームが中止らしい。


 そりゃそうよね。あんな事件が起きたんじゃ、戦争にもなるわよね。


 そして、その結果はすでに見えている。このクラスの男子どもも、今日か明日で見納めか。だけど、この教室が血で染まるのだけは、観たくないなぁ。


『大丈夫だよ。僕が守ってあげるから』


 隆二くんが私の気持ちを察してか、優しい言葉をかけてくれた。



 授業中も隆二くんを介して様々な情報が脳に流れ込んでくる。

 私たちの住む、のんびりした町にさえ、安全だと言える場所は少ないようだ。


 意外にも大都市は収束が早いみたい。やはり大阪のおばちゃんは最強だった。


 ふっと顔をあげて教室を見渡す。

 みんなが先生の授業を聞き、ノートを取っているいつもの風景。


 だけどそれは見せかけだけ。

 いつも通りの男子たちと、情報収集に余念がない女子たち。


 普段は何かを聞くとしゃべらずにはいられない女たちも、今日に限っては静かだ。



 休み時間も校舎の外に出る気はなかった。

 屋上なんかはもっての外で、いつ狙撃されるか、わからない。


 本当は、窓を開けて風に頬をなでてもらいたいけれど、私にそんな勇気はなかった。



 下校時間、いつもは蜘蛛の子を散らすように帰宅するのに今日はやたら残る女子が多い。


 みんなが最後の男子の帰宅を待っている。


 本当は、女だけで集まるのは危険なんだけど、おそらく他の誰かとしゃべりたくてたまらないのだろう。彼氏以外の同類たちと、この感情を分かち合いたいのだろう。


 最後の男子が後ろ手にドアを閉めた。



「今日と明日がピークかしら」


 誰かがぽつりと言った。



 かくしてカオスは始まった。


 隆二くん含め、付き添いの彼氏さんたちは、女のおしゃべりを黙って聞いていた。


「男いなくなるってことはさー、オヤジとか完全消滅だし、マジ天国じゃね?」

「ほんとそう! あいつら絶滅してほしいと思ってたわ」

「ってか、フグタもオウガももうすでにいないじゃん、あたし超うれしーんだけど!」

「そうそう! よりによってなんであいつらがこのクラスの担任、副担任なのか、理解できなかったしー、マジありえねーって思ったし」

 

 その時、遠いところから銃声が聞こえた。


「あたし的には『萌え』とか言ってる男子どもを今後見なくて済むのが素敵だわー」

「あーそれわかるー! あいつらマジうざい! ウ・ザ・す・ぎ!!」

「人の足とかじろじろ見やがってさー、アンタラの慰み者じゃねーっつーの」

「うちのクラスで言えば青木とかスゲー嫌なやつじゃん」

「あいつマジきっしょい!」


 その時、遠いところから爆発音が聞こえた。


「私も青木だけは許せんわ! あいつジャイアンじゃん!」

「そーそー、その上あいつ、潮ちゃんのこと狙ってるじゃない?」

「釣り合わねーっ!! 全然釣り合わねーよ、あいつ自分の顔、鏡で見たことねーのかよー」

「潮ちゃん哀れすぎっ! 席離れてて良かったね」

「そーいえばその青木の後ろの席の磯野いるじゃん? あの挙動不審な磯野とその隣の山……」


 その時、遠いところから「アッーーッ!!」が聞こえた。




 教室の中の女子生徒たちは急に静まり、一斉に窓の外を見た。



 そして……



「ギャハハハハッ!!」


 みんなで一斉に笑った。


 ストレスを発散するための本能が彼女たちにそう行動させたに違いなかった。




 夜の9時を過ぎたところで家に帰ると、迎えてくれたのはお母さん。

お父さんはやはり、いなかった。


 遅い夕食はしゃぶしゃぶ、チキンカツ、ローストビーフに馬刺しだった。

今日はお母さんも遠慮なく食べる。


 もりもりっ

 もりもりっ


 しまった、ドラッグストアで浣腸買って帰ればよかった。明日は完全に売り切れているかもしれない。


 それからきれいにしておかなくちゃ。生理中の私の密かな野望。隆二くんにあそこを開拓してもらおう。ウォシュレットで洗っておこう、同じ轍を踏まぬよう。


 そんなこと、考えながら馬刺しを食す。








 もりもりっ

 もりもりっ

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