第8話 あなたにバージン、捧げます

「隆二くん、今日、いいかな?」

『どうしたの?』


「私の初めて、あなたに捧げたいの」

『本当に……いいの?』


「あなたが……いいの」

『……わかった』


 幸一の件で私は吹っ切れてしまった。未練は完全に断ち切れていた。


 なんというか、人の世のはかなさとか、愛憎とか、様々なものがここ数日で私の体を通り抜けて行った気がする。


 正直こんな気持ちで隆二くんに向き合うのは私も本意ではなかった。だけど、今のまま一人でいることは、無理だった。



 ところが、自室で上着を脱ぎ、スカートに手をかけた瞬間、嫌な感覚が私の体を襲った。


『どうしたの?』


「生理……来ちゃった」


 そうだった。重い方ではないのだけれど、来るものはやはり来る。そのことを私はうっかり失念していたのだ。


「ごめん……なさい」

『いいよ』


 隆二くんは私に微笑んでくれた。

 マジでイケメンすぎる。あらためて惚れ直した。


『僕に甘えたいんだろ?』

「……うん」


 その時だった



 グー



 しまったああああっ!

 お腹へってたあああああっ!


 隆二くんにプッと噴き出されてしまった。


『ご飯食べてきなよ。お風呂に入って、疲れを取ったら、かわいがってあげる』


 そういって隆二さんは私の頬に口づけした。

 私は恥ずかしさのあまり、何も言えなくなった。



 隆二くんを部屋に置いてきた私は、ご飯をもりもり食べた。


 もりもりっ

 もりもりっ


 口に流し込んだ食料が即座に胃腸で吸収され、エネルギーに変化するのが手に取るようにわかるようで面白い。もちろん以前はこんなことはなかった。むしろ生理中は食欲はあまりなかった。だけど今日は違った。あらゆる精神的なストレスから解放されたのか、胃腸が躍動していた。


「京子あなた、そんなに食べて大丈夫?」


 お母さんに聞かれたが、気にしなかった。というか、無視した。お母さんの影にウミウシが潜んでいることにも気づいてはいたが、何も言わなかった。目の前のものをただただ食べた。


 お父さんは一言「ごちそうさま」と言って自分の部屋に戻った。


 これからこの家庭がどうなるのか、私には関係のないことだった。




 宿題を終わらせ、風呂から上がって再び部屋に戻ると、隆二くんが戻って来ていた。


「おかえり、用事は済んだの?」

『ああ、予定通り』


「そっか」


 私は隆二くんの用事が何か、聞かなかった。


 私の知らないところで、何かが動いている、何となくそれはわかっていたけれど、その時はすべてを知ろうとは思わなかった。


『おいで』


 隆二くんに手招きされた私は、電気を消して布団に入った。


「甘えさせてくれるの?」

『ああ。僕なりのやり方でね』


「隆二くんのやり方?」

『耳を掃除してあげる』


 耳! キターッ!!


 実は私、耳はそこまで弱くない。


 だけど、だからこそ隆二くんには期待できる。


 これまで私の知らなかった世界にいざなってくれる気がする。


『手をお腹の上で組んで』


 隆二くんに言われた通りにして、私は深呼吸した。


 右の耳にゆっくりと、ぬめっとしたぬるいモノが入って来た。


 ゾクゾクっときた瞬間だった。その時、






    ぷぅ






 しっ、しもたーっ!!


 緊張しすぎておなら出ちゃったー!!


 磯貝京子、一生の不覚ーっ!!!


 クッ殺ものだぁぁー!!!!



 耳からモノをすっと抜いた隆二くんは、しばらく黙っていたが



『なんだ、猫か……』


 なぜか猫の鳴き声と勘違いしてくれた。


 よかたーっ! これで私はまだお嫁に行けるかもしれないーっ!



 と、そのタイミングでモノが耳に入って来た。右耳ではなく、左耳に。



「わひっ♡」



 不意を突かれた私は思わず変な声を出してしまった。


 そのままシュコシュコと音を立てて耳の中をスリスリされると……


「ハッハーン! ハッハーン!」


 たまらず喉の奥からかすれ声が出てしまった。

 何とも色気のない声に我ながら情けなくなる。


『ふふっ』


 笑ったな?

 おいこら隆二、お前絶対楽しんでるだろ!


 そう思ったわたしだが、自分でも自分の声と情けない状況に笑いが止まらない。


「ハッハーン! ハッハーン!」


 なにやってんだ、私。



 そう思った瞬間、いきなりモノがおでこにピタッと来た。


 ああん♡ 実はおでこは弱いのよん♡


 冷えピタクールでハアハアするほど


 にもかかわらず、まだアヘ顔でハッハーンな私。


 気がつけば耳もいつの間にか開拓されていて、背中にゾクゾクっときた。


「アーッ!」


 って声を出しそうだったのが、なぜか


「ふがーっ!」


 ってなって、自分のあまりの女っ気のなさに悶絶した。




 ビクンッ ビクンッ


『あれ? ひょっとしてもう昇天しちゃった?』


(チクショーッ! この鬼畜めーっ!)











 後になってわかったことだが、この夜、とある事件があった。

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