第7話 悲劇からの幸せ
目が覚めると、いつの間にかLIFEが回復していた。
隆二くんが一晩付き添ってくれていたらしい。
こうやって、上げたり下げたり繰り返し、私を堕とすつもりなのね。
わかっているわ、その手口。でもいいの、あなたの手のひらに乗ってあげる。
ダブルバインドでこの私、がんじがらめに縛ってちょうだい。それこそ足腰、立たなくなるまで……
そんなことを考えながら教室に入ると、クラスの女子全員の肩にイソギンチャクがくっついていた。
良くわからないけど、順調なようね。本当に男が不要な世界に近づいているみたい。
実際、彼女を寝取られた男どもはみんな顔面蒼白だった。
休憩時間に他のクラスを見ると、やっぱり女子の肩にはイソギンチャクかウミウシがくっついている。女の先生たちの肩にも当然のように。
昼休み、幸一が私の席に来た。
「京子、僕、どうすればいいかな……」
そう言った幸一の力ない笑顔には、死相が浮かんでいた。
私は微笑むしかなかった。
「幸一は達観していたのでは?」という推測はやはり、私の願望に過ぎなかったらしい。
彼がブラックホールに吸い寄せられていることに、私は気がついているものの、手を差し伸べることはできなかった。
彼の軌道はすでに正常ルートを外れていたのだ。それがいつからかはわからない。ひとりぼっちのコーイチ。涙なしでは読めない
だから私は、微笑むしかなかったのだ。
「あの頃は楽しかったな」
「そうね。間違いないわ」
隆二くんは私たちの会話を黙って聞いていてくれた。
「オウガ先生のところに行って来るよ」
「…………」
私は何も言えなかった。
彼の表情が美しかったから。
ここしばらく見ていなかった、幸一の最高の笑顔。
まるで線香花火が落つる直前の 刹那の輝き――
「じゃあな」
そう言われた私は、無言で手を振るしかなかった。
彼の運命は、彼自身の意志力にかかっていることは明らかだったから。
たとえ可能性が限りなく0に近いとしても、彼自身が幸せだと願う道を否定することはできない、そう思ったから。
幸一が出て行ったあとの教室で、私は一人考える。
私は彼に、何か残せたのだろうか?
求められるまま、私は彼に与え続けたけれど、あの日あの時の彼の笑顔は、いささか引きつってはいなかったか?
「ロウソクをいつもより多めに垂らしてくれ」と言われたとき、背中にはスペースがなく、菊門にサービスしたことがあるが、あれはあれで良かったのだろうか?
「痔の薬を塗ってくれ」と全身縛られた彼に言われたとき、私は目の前の切れ痔に気づかず、奥のイボ痔にウナコーワを塗ったが、あれはあれで正しかったのだろうか?
「ちょっと酷使しすぎているからあまりビリビリ棒は多用しないでくれ」と言われたとき、私はドライアイスを代用したが、あの時の幸一の暴れぶりは幻想的だった。
先生が教室に入ってくる前に、なんとなく席を立ち、窓を開ける。
あの時と同じ、心地よい爽やかな風が私の頬をなでてくれた。
(そろそろかしら?)
外に見える体育倉庫に目をやったその時、幸一の声らしき雄たけびが聞こえた。
「アッ―――――!!」
かわいそうに……
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