第9話 一見平和な日々

 教室についたが、担任のフグタ先生がお休み、しかも副担任のオウガ先生も不在で、ホームルームが中止らしい。


 どーでもいーけどさ、明日にはわかるって自分で言っておきながらその本人が不在とか、ひどくね?


 ちなみにあの時フグタ先生のところに連れて行った、彼女に振られた男どもの話によれば、やはり昨晩もみんな夢精したらしい。イソギンチャクはなかなか執念深いようで、毎晩あの手この手で楽しませてくれるようだ。でもそれ、よくよく考えたら、自分の彼女を「他人から慰み者にされる生贄」として差し出しつつ演出するわけで、立場としてどうなの? すごく気になるんだけど……


 そんなこんなでいつも通り一時間目の授業が始まる。隣の席の山口くんはまだ戻って来てはいないが、親御さんが探しに来ていないところを見ると、警察に届ける必要はないのだろう。


 授業中、俺はぼんやりと真乃実のことを見ていた。幼馴染としての欲目もあるのかもしれないが、やっぱかわいい。今にして思えば、ガーターストッキングなんか穿かなくても十分かわいい。実際こうして彼女の横顔を見ているだけで心が和んでくる。あいつをあきらめなければならないなんて……。そしてそんな真乃実が隆一さんの触手にもみしだかれる光景が突然頭に浮かび、罪悪感とともに思わずそそり立ってしまう。


 だがそんな今日に限って体が重い。昨日肉系ばっかり食べすぎたからだろうか。便秘気味なんだよね。後で浣腸買って帰るか。




 放課後、思い切って真乃実に声をかけた。


「ちょっとお願いがあるんだけどさ、今日、隆一さんと俺だけで話せないかな?」


「え? それは……あたしはいいけど……」

『私も大丈夫ですよ』


「あ、隆一さん、ありがとうございます」


「じゃあさ、せっかくだからあたしの家に来てよ」

「いいのか?」


「もちろんいいわよ。今から一緒に帰ろ!」

「わかった」


 そんなわけで思いがけず真乃実の家を訪問することになった。

 二人と一匹(?)で歩きながらそれとなく状況をうかがってみる。


「そういえば真乃実、隆一さんとはいつ頃結婚するつもりなの?」

「え? まだそこまでは考えてないよ~」


「でも隆一さんのところに嫁いだらかくれ真乃実まのみ海野うみの真乃実まのみになるってことか」

「まあ、そうね」


 ということは、真乃実に結婚願望がないわけではないのかな。


「やっぱりまだおじさんやおばさんには隆一さんのこと、紹介してないのか?」

「う、うん……」


『おそらくもう少しすればお話できると思います』


 隆一さんがテレパシーを挟んだ。

 やはりもう少し、なのか……


「ところで波夫、今日はどんな話なの?」

「内緒。男同士の話だから」


「えー、隆一くんにあたしの過去の恥ずかしい話とかしないでよね!」

「なんで? ダメなの?」


「ダメに決まってるじゃない! そんな話するんだったら家に入れてあげない!」

「わかったわかった」


 そうこうしているうちに隠家かくれけに到着した。


「ちょっと飲み物持ってくるね」


 そう言って真乃実は隆一さんを置いてキッチンに向かった。


『お話というのは、どうやって夢をコントロールしているかどうか、ってことでしょうか?』


「はい、そうです」

 やはり俺の意図はすでに隆一さんに理解されていたようだ。


『実はよく勘違いされるのですが、我々が全てをコントロールしているわけではないんです。例えば、私は波夫さんがどんな夢を見られているのかわかりませんし』


「えっ、そうなんですか?」


『はい、そうです』

「じゃあいったい、何のために?」


『これを言ってしまうと誤解されるかもしれませんが、ある種の防衛本能なんです』

「防衛本能? 何ですか? それは」


『ライバルであるオスの種を減らし、自分がメスに対してアプローチしやすくする、というイメージです』


「え? ということは、最終的に発射する、ということだけが決まっている、ということでしょうか?」


『そうです。その内容までは私達にはわからないんです。最終的な放出のメッセージさえあなた方の脳に届けば、あとは脳が勝手に妄想を働かせ、導いてくれますから』


「そうだったんですか……」


『そもそもそういったヒトの妄想というものが、私のイメージから出てくるわけがないじゃないですか』


「まあ、確かに」


『だから、そういった夢を見たり、その情景を見たり読んだり想像してにやけたり、バカ笑いする、ということは、それだけで十分、変態であることの証明なんだと思いますよ』


「え! そこ、言いきっちゃいますか? 隆一さん」


『はい。今回だけは言わせていただきます。我々が触手を持っている、というだけで相当変質者的なイメージを持たれている方が多いと思うんです。でも違いますから。あくまで生活に必要だから持っているだけでして、変なことに使おうなんて、全く思っていないですからねっ!』


「あれ? そうなんですか?」


『そうですよっ! ひょっとして誤解されてました?』

「……はい」


『心外だな~』

「だって、真乃実が言ってましたから」


『え?』

「隆一さん、テクニックがスゴイって」


『な、ななななにを言ってるんですかっ、私がそんなテクニックなんて、持ってるわけ……』

「真乃実が言ってましたけど?」


『…………』

「…………」


『いやーん♡』

「おい」


『これだから女性は……口が軽くて困るなぁ……』

「事実なんですね?」


『まあ、真乃実がそう感じているのなら、そうかもしれませんね』

「おっ、開き直って余裕のテクニシャン発言!」


『ま、まあ私ほどになれば、毎晩存分に悦んでもらえますから♡』

「さすがですね~。ところで脳へのメッセージについて伺いたいんですが」


『なんでしょうか?』


「先程防衛本能で相手の精子を放出させる、という話を伺いましたが、それ以外のメッセージを相手の脳に送ることってできますか?」


『いえ、こうしてお話するテレパシーと、夢で放出させるためのメッセージしかありません』


「守備範囲せまっ!」

『まあそれで十分やっていけるんですけどね』


「あれ? でも昨日の夜、隆一さん、俺の夢に出てこられましたよね?」

『え? 本当ですか?』


「はい。俺に聞きたいことがある、とかで。そして非常にリアルだったもので、てっきり隆一さんが作られたものかと」


『いえ、それは私じゃないです。それができるのはむしろ、ウミウシ属ですね』

「えっ! ってことは、あれはケイさんかカケルさんの仕業だったのか!」


『ああ、あの伊豆田兄弟のことですかね?』

「はい、お二方ともうちの姉妹の彼氏として今、俺の家で暮らしてます」


『そうだったんですか。それはさぞかし大変でしょう』

「ええ……まあ……」


『あまり波夫さんを困らせるな、と隆一が言っていた、とお伝えください。多少はおとなしくなると思います』


「ありがとうございます。そう伝えさせていただきます」


 そこまで話したところで、真乃実が飲み物を持って戻って来た。

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