第12話 男の尊厳をかけて

 帰宅前に、俺はドラッグストアに立ち寄った。

あれこれ考えた結果、今後どのような事態が発生しても良いように鎧を買うべきだと思ったのだ。


 あまり大きな声では言いたくないが、大人用おむつだ。


 最悪、あらゆるパターンに対応することを想定すると、尿取りパッドでは防御力に乏しい。青木くんの態度を見た俺は、取り乱さないよう「何が起きても大丈夫」という安心感を買うことが大事だと結論を下し、慎重に商品を吟味した。


「おむつをお探しですか?」


 しまった、長居して店員さんに話しかけられてしまった。昨日の若い女性だが、こいつに付き合っているとやっかいなことになりそうだ。


「あ、大丈夫です。じいちゃん用のものを選んでまして」


 即座に嘘をついた。彼女の肩にくっついていたウミウシから興味深そうな感情が飛んできた気がしたが、敢えて反応しなかった(というか、さすがに恥ずかしい)


「あーそうですか。それではどうぞ、ごゆっくり」


 そう言って彼女は他の接客に向かった。


 ただ、困ったことに俺にフィットするサイズのイメージがわからない。大きすぎれば服の上からも明らかにバレてしまうし、逆に小さすぎると苦しいだろうしな。そもそも俺の腰回りのサイズってどれくらいなんだ?


 とりあえずパンツタイプでLとMの二種類買ってみるか。


 さっきの店員さんに見つからないようにかごに入れてレジに並ぶ。



 4280円、結構するな……

 

 そう思いながらもあわてて店を出ようとした瞬間だった



 ぷちっ




 足元で 嫌な音が……


 確かに何かを踏んづけた気がした。





 恐る恐る足をあげてみる。




 俺の足の下で……



 液体を垂れ流したウミウシが、床で動かなくなっていた……





「いやゃあああぁっ!!!」



 後ろから女性店員の悲鳴が聞こえた。



 違うっ! 俺じゃない! 俺じゃないんだあああ!!



 心の中でそう叫びながら振り向きもせずに走り続けた俺は、いつの間にか自宅のドアを開けていた。




 自分の部屋に入った俺は、息を落ち着かせながら頭を整理しようとした。


 なんだよ! 俺は悪くねーよ!


 そう思いながらも体の震えが止まらない。


 こんな俺に裁きが下されるのか?


 社会から抹殺されてしまうのか?



 いや、落ち着け、俺。


 立ったままだった俺は、荷物を置いて自分のベッドに腰掛ける。


 俺の知人は誰もあの現場を見ていない。

 しばらくこの部屋から外に出ず、学校にも行かず、様子を見ればよいのではないか?


 たとえ俺がどんな夢を見ようと、それが表に露出しなければ、何の問題もない。

 ここはしばらく引き籠るべきだ。


 そう思った俺は、買ってきた荷物に目をやった。


 そうだ、俺にはこれがある。


 取り出して、さっそく試着してみる。まずはMだ。


 おおっ! なんかこの肌触り、なつかしい! というか普段トランクス派の俺だが、このフィット感はくせになりそうだ。ただ、少し小さいか。



 その時だった



「波夫~ ちょっと入るよ~」


 桐子がドアを開けてしまったのだ……



「あっ!」


「えっ!」


「…………」


「…………」



「……あんた、何してんの?」


 桐子は悪びれもせず、ニヤニヤしながらおむつ姿の俺に問いかけてきやがった!



「あ……ああ、これはだな、来るべき災害に備えてだな……簡易トイレを……」


 とっさに嘘をついたが、桐子の肩に乗ったカケルさんからニヤニヤした目で見られた気がした。



「香織! ちょっと来てっ!」


 おいー 桐子っ! なぜここで大声で香織を呼ぶっ!



「おねえちゃんなぁに~」


 部屋に入って来た香織は目を輝かせた。



「おにいちゃん! ついにおむつプレイに目覚めたの! やった~」



 いえ、あの…… ごめんなさい。もう許してください……



 再び、俺の精神力はしんだ



 実はこの状況、この羞恥プレイが結果的に俺の命を救うことになったことに、この時の俺はまだ、気がついていなかった。

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