第5話 隆二さんとの会話

 放課後、真乃実に見つからないように磯貝さんに接触する。


「今日かくれさんは掃除当番だから私の家で話さない?」


「え? いいの?」

「かまわないわ」


 思いがけず磯貝さんの家を訪問することに。

 二人と一匹(?)で歩きながらそれとなく状況をうかがってみる。


「真乃実から紹介されたってことは、付き合い始めたのって昨日から?」

「そうね。山口くんには申し訳ないんだけど、運命の出会いを感じてしまったの」


 イソギンチャクがそんなに魅力的なのか?


「付き合って1日たってみて、どう?」

「うーん……どんどん好きになる感じ、かな?」


 うっとりしながら磯貝さんが答えた。マジか……真乃実と反応がほぼ一緒だ。

というか真面目そうな磯貝さんがそんなことを言うとは思わなかった。


「ちょっと立ち入ったことだと思うんだけど、お二人は同棲してるんだよね?」

「ま、まあそういうことになるわね……」


 我に返ったようだ。


「じゃあご両親に会ったとしたら、隆二さんのことは内緒の方が良いのかな?」

「そ、そうね……できればそれでお願いしたいわ」


 ここである疑問が浮かんだ。イソギンチャクの隆一さんや隆二さん、そしてうちの桐子や香織の相手のウミウシたちは、ひょっとすると、女性への見え方と男性への見え方が違うのではないだろうか?


 イケメンと言われても、俺の眼からはいったいどこからどこまでが顔かさえ判別できていない。どっちが隆一でどっちが隆二なのかとか、見分けもつかない。正直どうでもいいが。


 それに彼らのことをそう認識しているのが俺だけなのであれば、磯貝さんが両親へ紹介しない理由が理解できなかった。もし磯貝さんの家が男との付き合いに厳しいのであれば、俺を自宅に招くという選択肢も無い気がしたのだ。


 そんなことを考えているうちに到着し、そのまま磯貝さんの部屋にお邪魔したところで隆二さんが言った。


『我々は元々、地上で生活する能力自体は有していました。これまでは海の中で生活することで何の問題もなかった、ただそれだけなのです』


 俺が疑問に思っていたことをいきなり切り出された。


「ではなぜ今になって出て来られたのですか?」


『将来的に海に住むことができないことが判明したからです。このままだと人間による海洋汚染のため、あと10年もすれば海のほとんどの生物は死滅することになります。これは我々の仲間の能力によってわかったのですが、未来予知だと思っていただければ良いかと思います』


「やむなく上陸された、ということですか?」

『そうです。その第一陣が我々です』


「あなた方以外の種はいらっしゃいますか?」

『ウミウシ属のことですね?』


「ええ、まあ」

『そうですね。我々は彼らと懇意にしていて、共同戦線を張っています』


「なるほど」


 納得できるようなできないような話ではあるが、現にこうして会話している以上、信用するしかなさそうだ。


「あ、ちょっとお茶持ってくるわね」


 磯貝さんが立ち上がって部屋を出て行った。


『ところで磯野さん、我々の生殖能力についても聞きたいのではないですか?』

「え? ああ、はい」


『さすがに京子の前では話しにくいので、今、手短にお伝えしますね』

「ありがとうございます」


 隆二さんもいろいろと気配りの方だった。


『我々イソギンチャク属は男しかいません。そして、ヒトの女性と結ばれると、男はイソギンチャク、女はヒトとして産まれます。そのため、特に問題は発生しません』


「そんなもんなんですか?」

『はい。そんなもんなんです』


「ということはですよ、今後、ヒトのオスって不要になっていくとか?」

『可能性は、あります。むしろその可能性が高いかもしれません』


「え!」


『あと、ひょっとして夢の件ですかね?』


「ええ、まあ、はい」


『きっと隆一がいたずらしたんですね。ちょっと言っておきます。ちなみに私は山口さんにはそんなことはしていませんよ』


「あ、ありがとうございます」


 その時、ドアが開いて磯貝さんが入って来た。


「おまたせー、はい、磯野くん」

 磯貝さんがお茶の入ったコップを俺の前に置いた。


「あの……磯貝さん、ちょっと聞きたいんだけど?」

「なあに?」


「俺、今、隆二さんと話していて、とても紳士的ですばらしい方だと思うんだけど、磯貝さんは具体的に隆二さんのどんなところに惹かれたの? 顔? 性格?」


「そんな……」


 磯貝さんが顔を赤らめる。聞いてはまずかったか?


『京子、それ、私も聞きたいな』

「えっ?」


 なんと、隆二さんが俺をアシストしてくれるとは! 確かに俺は、隆二さんにとって恋敵ではない(そもそもそう言った意味では眼中にすらないかもしれない)が、相当自信があるのだろうか?


「ぎゃ、逆に私が聞いてもいいかな? 隆二くん、なんで私のことを選んでくれたの?」


『そりゃ京子が魅力的だからさ』


 そのメッセージを聞いた時、俺はもう一つ聞くべきことを思い出した。


「隆二さん、実は俺も磯貝さんはうちのクラスでもトップの美人だと思ってる。俺が好きなのは真乃実だけど。でも、隆二さんたちにもそれに近い気持ちがあるのかな? というのも、隆二さんの兄弟が選んだ女子って、やっぱ俺的にもモテる子に思えるんだ」


『ああ、そうかもしれませんね。もちろん私にとっては京子が一番ですが、確かに面食いかもしれません』


 マジか! イソギンチャクは面食いだった。


 あれ? でもそれなら人類は滅亡しないかもしれないのでは?



 その時の俺はそう楽観視していたが、後になって甘かったことに気づかされる……。

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