第17話


 その後すぐに宅配業者が到着して、私の空っぽな部屋にはすぐに荷物が運ばれてきた。その間ももはずっと私の部屋にいて、荷ほどきを手伝ってくれた。大量の服の段ボールを解体するとその中の一つから文化祭で私たちが着た白いセットアップとドレスの衣装が出てきて、私ははしゃぐようにそれをももの肩に当てた。ももは照れくさそうに笑いながら、「これ、あたしにくれない?」と言った。当然私は強く頷いた。


 18時頃になると、まだカーテンをつけていない窓からは真っ赤な夕日の光が流れ込んできた。粗方の整理は終わったので、ふたりで晩御飯の買い出しにでかけることにした。ももが実家から持ってきた学校指定の銀色の自転車にふたり乗りして、川の向こうにあるスーパーを目指す。


 私の長い黒髪をなびかせるやさしい風は春の匂いがした。私はももの腰に手を回しながら、街灯の光や店の看板が右から左へ流れていく様子を見ていた。知らない街で歩く知らない人たち。目にうつるものすべてが新鮮で、私は思い切り息を吸い込みながらこれから始まるももとの生活に想いを馳せた。明かりの多い東京からは空の星を見ることは叶わないけれど、その代わりにキラキラと光る夢が詰まっているのかもしれない。


 数十分走ると隣町に続く細い川があった。川の周りにみっしりと植えられた桜の木からは、うすいピンク色の花びらが小雨のように降っていた。私とももはふたりでその絵画のように美しい光景を見つめた。「嘘みたいだね」と私が言うと、「また花見でもしようぜ」とももは返した。


 スーパーで白菜と豚肉としらたきと豆腐としめじ、それから二人用の大きな鍋を買って、二人で手をつないで帰路をたどった。荷物が多くて危なかったから、自転車をついて歩いた。夕日が落ちて暗闇に包まれると人が段々少なくなってきて、話すことのなくなってきた私とももは何となく無言になった。私はそのときようやく、ああこれは現実なんだ。ももがここにいて、私もここにいることが、嘘でも夢でもない現実のことなんだとぼんやりと安心した。


 ももの家から持ってきたガスコンロに火をつけて、グツグツと音を立てはじめた鍋をつついた。お腹がいっぱいになるとテレビでやっていた恋愛系のドラマを一緒に見て、少しだけ気まずくなった。肘をついてうつらうつらと目を細め始めたももに、「今日は泊まっていきなよ」と行ったのは私からだった。


 新調したばかりのベッドにももを寝かせた。私は隣に敷いた布団にもぐって電気を消した。段々目が冴えてきて、私はすぐ横で熟睡しているももの寝顔を見つめた。赤ちゃんみたいなピュアな寝顔だった。私はこういう夜がいつまでも続くことを思い、少しだけうんざりしながら微笑んだ。


 ももはああいったけど、私たちの歪な関係はつづかない。大人じゃないけど子どもでもないから、完璧なハッピーエンドを夢想するのはとても難しい。だから「いつか」がやってくるその日まで、私は捨て身で飛び込んできたこの女の子を決して傷つけない。関係を持続させるのに努力が必要なら何でもする。だからお願い、私からこの子を取り上げないでください。神様は信じてないから、窓の外に輝くまんまるのお月さまにつよく、つよく願った。


 あと3時間経てばきっと、眠い目をこすりながら、お腹を空かせたももが目覚めるだろう。それからオムレツとお味噌汁と納豆ご飯を用意して、一緒に新しい1日迎えるのだ。まだ見ぬ知らない朝を思って、私はゆっくりと目を閉じる。明日も明後日も明々後日もそんな日がつづくことを、ふたりの忘れられない思い出が少しずつ増えていくことを思いながら、幸せな夢を見る。



【了】

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