第15話
ドアの向こうから顔をのぞかせたももを見て、私は文字通り腰を抜かしそうになってしまった。ももは驚愕する私を無視して、さっさと玄関に足を踏み入れた。
「今日隣に引っ越ししてきた、堀込桃っていーます。よろしく」
滅多に使わない敬語を話すももは洗剤を差し出して、深々と頭を下げた。それから顔を上げると、にっこりと笑みを見せた。私の動揺とは裏腹に、落ち着き払っているその表情が信じられなかった。
引っ越し?洗剤?どうしてここにいるの?何のために?誰にこの場所を聞いたの?
沢山の疑問が矢継ぎ早に頭の中をよぎる中、私はももの顔を穴があくほど見つめた。彼女の存在は夢の中の出来事のようでまるで現実感がなく、頬を抓れば簡単に目が覚めてしまいそうだった。
「お前の隣の部屋、今日からあたしが住むんだよ。驚いたか?」
いやー、黙ってるのも大変だったよ。あたしってほら、嘘つけねーからさ。嘘つくやつの罪悪感が分かって、いい経験になったよ。これからは嘘つかれても簡単に怒らねーようにしないとな…ももはそんなことを言って、私の小さいワンルームに足を踏み入れてきた。
ももは先ほどまで私がそうしていたように、空っぽの部屋の真ん中で大の字になって寝転がった。ももの側まで歩いていき、震える声でつぶやく。
「何しに、来たのよ」
「お前を追いかけてきたんだよ」
「何のために…そんなことするのよ。私は追いかけてきてくれなんて、頼んでない」
「あたしが、そうしたかったからだよ」
「何で?」
尋ねる声に涙が混じってしまう。どうして、あなたは、こんなことをしてしまうの。自分の感情の揺れに気づいた途端、私は寝っころがるももの上に覆い被さった。鎖骨のあたりをぽかぽかと叩き嗚咽する。ももは笑って、私の頭をゆっくりと何度も撫でた。やっと私の涙が収まり落ち着いたころ、ももは私の三つ編みにしたおさげに触れながら口を開いた。
「あたし、本当はかなり怒ってんだからな。お前が勝手に、あたしから離れていったこと。別れも言わずに、どっかに消えてこうとしたこと、マジ、一生、許せねーよ。お前はいっつもそうだ。本当は、お前の何があたしを傷つけてるかって、考えたこともねーんだろ」
何にもない空っぽな部屋で、私とももは抱き合ったまま沈黙した。聞こえるのは、ももの心臓が鼓動を刻む音だけ。もしかしたら、それは私のものかもしれない。とても早いスタッカートのテンポだから。
ももの身体は骨ばっていて男の子のそれみたいなのに、私よりも大きい胸が少しちぐはぐだった。私の身体にぴったり沿う形をしている肩に頭をもたれさせると、私の使っているものと同じシャンプーの香りがした。
「いいか、良く聞け。あたしはな、お前が思ってるよりずっと、お前のことが大切なんだ。あたしを置いてくなよ。あたしは、お前が居ないとダメなんだよ」
「それは、こっちのセリフだよ。ももには、みどりくんがいるじゃない」
私の嫌味とも意地悪ともつかない言葉にももは絶句した。しばらくしてももは「あーもう、難しいこと考えらんねー、あたしには」とかなんとかぶつぶつつぶやいて、頭を二三度振った。
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