第13話


 ショーが終わったあと、私とももは制服に着替えて屋上に向かった。眼前に広がる曇り空からは真っ赤なオレンジの光が漏れていた。私たちは二人並んで手すりを握って、半円の夕日が山脈の輪郭に沈んでいく光景を見つめた。

 もものふわふわした髪の毛が少し強い風に吹かれて舞い上がる。うっとうしそうに頭を振る仕草はまるで動物のそれだった。大きく伸びをしてしなやかな身体を弓反りにすると、手すりを背にしてしゃがみこんだ。


「なあ。お前、将来どうすんの。やっぱ、服つくりたいの?」

「どうかな。ファッションは好きだけど、それを仕事にしたいかどうかは良くわからない」


 胡座をかいて筋肉質な太ももを露出しているももは、神妙な顔をして頷いた。「あたしはハンバーガーが好きだけど毎日食べると多分嫌になるよ、お前が言いたいのはそういうことだろ?」と無邪気に尋ねられて、思わず笑ってしまう。概ね合っている、少し違うような気もするけど。

 ももの横にしゃがみこんで、体育座りをする。ももは私の横顔を見て優しく微笑んだ。長い間ぎくしゃくしていたせいで、こんな風にももと一緒の時間を過ごすのは、ずいぶん久しぶりのことだった。ももと居るだけでささくれた感情が凪いでいく。ほっと息がつけて、自分らしくいられるような気がする。ももは眩しそうに空を仰いだ。


「お前すげーよな、マジ。あたし、あんなひらひら服着たのはじめてだったけどよ、女が服とかメイクに夢中になる訳、ちょっと分かったような気がしたよ」

「ももは自分に自信がなさすぎるのよ。本当はかわいいのに。あんな風にちゃんとメイクすればきっと、男の子たちは目の色を変えるわ」

「けど、お前はあたしにモテて欲しくないんだろ。みどりにヤキモチ、やいてたんだろ。」


 図星だった。私はももにこんな風にからかわれるのに弱い。ももは初心な反応に笑って、私の髪の毛をくしゃくしゃにした。


「安心しろよ。あたしは、そんなことでお前を嫌いになったりしないからさ」


 天然なのか、計算なのか。私の心はいつだって、この女の子に簡単に揺さぶられる。余裕綽々と言ったその態度が憎らしく思えて、おでことおでこを軽くぶつける。互いの鼻が触れるほど、私とももの距離が近いことに気づいて、私は静止した。身体の秒針が止まり、空の雲が動かなくなる。


 突然、ももとキスしたいという強い衝動が、胸を襲った。女の子同士なのに、ヘンかな。ヘンだろうな。でも、ももは私にキスしたし、冗談だって言えば帳消しになるかな…。ずるいことを考えながら、キスする、キスしないの間で、理性が振り子のように揺れていた。


 迷った挙句、なるようになれという気持ちが勝って、私はももの唇を奪ってしまった。ふわふわと柔らかいキスは、ももが良く飲んでいるメロンクリームソーダの味がした。

 戸惑うような瞳を見た瞬間、私はもものことが好きなのかもしれないと気づいた。友情じゃなく、男女の恋愛的な意味で。ももに対するぐちゃぐちゃした気持ちに名前をつけるとするなら、それは間違いなく「恋」だと思った。

 私は「冗談だよ、ごめんね」と言って少し笑って、重すぎる空気を変えようとした。悲しそうな笑顔に見えていないといいなと思った。


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