第11話


 柔道部の「筋肉カフェ」が行なわれている教室は2年1組の教室で、筋肉で売っている有名人や芸人、漫画のキャラクターを切り取った画像が窓ガラスにベタベタ貼られている。教室の中をそっと覗くと、上半身を露出した男子生徒たちが筋肉を見せびらかすようにドリンクを運んでいた。プロテインウォーターという白とピンクが混じったようなドリンクはどう見ても美味しくなさそうだったけれど、女子生徒たちはきゃあきゃあと嬌声を上げながらストローを口に含んでいる。

 上半身を白いさらしで巻いて柔道着を羽織るように肩にかけているももの横顔が見えて、私は教室の引き戸を開けて中に入った。私めがけて飛んできたいくつものいらっしゃいませを無視して、ドリンクが二つ乗ったお盆を手にしているももを目掛けて歩いていく。私の姿に気づいたももは驚いたように接客の動きを止めた。

 私はももの持つお盆からグラスを一つ取り上げると息を止めて、得体の知れないそのドリンクを口にした。カルピスのような甘みの後に舌に感じる苦味はゴーヤのそれに少し似ている。喉を鳴らして液体を飲み干すと、咥内全体に張り付くような粉っぽさに吐き気をもよおして、両手で口を押さえた。


「あんず、おい、大丈夫かよ」


 私の奇怪な行動を本気で心配している様子のももは、その場に座り込んで動かなくなった私の背中を何度もさすった。ももはこんな風に、いつも私を甘やかしてくれる。だけどこのままじゃ私は、ももの側に居続けることはできない。きっといつかももの負担になったり、ももに大切なものができたときに忘れられてしまうはず。私はそれが強かった。


 だから私は。

 床に置かれたもうひとつのドリンクを取り上げると、ももはすぐさま私の手からそれを奪い取った。少し怒ったような顔をして、私を見ている。


「何、無理してんだよ。これはそんなに一気に飲むもんじゃねーんだよ。次はお前、たぶん吐くぞ」

「邪魔しないでよ。これであんたの時間、買おうとしてるんじゃない」

「は?」


 ももは怪訝な顔をして、私を見た。天邪鬼な私は決して言えない言葉を、心の中だけで呟く。


 だって、あんたの側にいたいなら、努力しなきゃいけないでしょ。いつも守られるだけのお姫様じゃ駄目なんだよ。彼氏の代わりにはなれないかもしれないけど、私はずっと、高校を卒業しておばあちゃんになるまでずっと、ももの隣にいたいから。


 ももの制止を無視して飲み下したドリンクの味に舌がぴりぴりした。何度も唾を飲み込んで一度飲み込んだそれを吐き出さないように上を向くと、我慢できずに涙が頬を伝った。胃を落ち着けようと深呼吸してから、財布を開く。1000円をももに渡して、言った。


「私と一緒に来て、お願い。ももの見たことのないような景色を、私が見せてあげるから」


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