第4話
あれから一年が過ぎた。
私の向かいの席には、桃とみどりくんが仲良く並んで座っている。みどりくんが指定したチェーン系喫茶店は子供を連れた母親たちで賑わっていてうるさい。
言葉を選ばずに言えばみどりくんのチョイスは「ありえない」、女ともだち付きのデートにこんな場所を指定する神経を疑ってしまう。隣に座る中年の夫婦が私たちの会話に耳を傾けていることに気付きながら、甘すぎるキャラメルラテを一口すすった。
「それでさ、あんずが怒ったんだよ。あたし、友達と喧嘩とかしたことなかったから、それが最初の喧嘩だったんだけど、あんずのやつ、次の日も口聞いてくれねーの。根に持ちすぎだと思わねえ?」
みどりくんは柔和な笑顔を浮かべながら、桃の取り留めのない話に耳を傾けている。不機嫌な私があえて無言を貫いていることに気づいているももは、待ち合わせした公園からずっと、やけにテンションが高い。
恐らく、みどりくんと私の心の距離を縮めようと必死なのだろう。
そんなこと、しなくていいのに。単細胞のくせに、人に気を遣ったり、しなくていい。だって、ももの心に棲んでいるこの男のことを私はきっと、好きになることができないんだもの。ももの連れてきた男がどんなに人気のある可愛い系のジャニーズアイドルや、性格の良い成金の御曹司だったとしても、私はその人のことを好きになることはできない。
私は多分、わがままで子どもっぽくて、独占欲が強い。
みどりくんは私の心を見透かしたように、「桃にとって、あんずちゃんはすごく大切なともだちなんだね」と優しく言った。「ああ!」と元気良く頷く桃との関係は、まるで親子のようだった。ときめきやドキドキとは無縁そうな目の前のカップルは、とてもティーンの男女の付き合いには見えない。穏やかな表情を始終貫いているみどりくんの顔を、ももにばれないようにこっそり睨みつける。
カフェで過ごした二時間中ずっと、ももは私の話をしつづけた。楽しそうに、嬉しそうに、いつまでも。私はももとの思い出が第三者に共有されていくことが悔しくて、特に用事もないのにピンク色の携帯を見つめていた。何のためらいもない口調に傷つけられていることを、きっとももは知らないんだろう。
夕日が長い影をつくる帰路、ももに不機嫌な理由を尋ねられた。「ごめん、お腹痛くて」と嘘みたいな嘘をついて、私は心配そうに佇んでいるももに背を向けた。
お気に入りのピンクのバスボムを浮かべたお風呂につかりながら、ファッション誌をめくった。さっきからページが進んでいない理由はきっと、みどりくんを見るももの表情が頭の中にちらつくせいだ。ピンク色に染まった頬や、媚びるような上目遣いのどれもこれもが、私の知らないももだった。
恋は女の子を変える、というけれど。私はももに変わって欲しくなんてなかった。女の子らしくなくていい、バカで単純で素直な、今のままのももが好きだった。
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