椿は最期に夢を見る
それは、まるでスプーンでアイスクリームを掬うような感覚だった。
初めて人に刃物を向けて、その肉に差し込んだ時の私はただただ無心で「殺さなければ」という思いに支配されていた。
呻く男の腹に、深く深くずぶずぶと刃物を差し込み、ゆっくりと柄を回す。少し固いアイスクリームにスプーンを潜らせるように――命を、削りだす。
その作業を繰り返していくことを強いられて、もう何年経っただろうか。
人を一人殺すこと毎に、私の身体は崩れていくらしい。
それに気がついたのは、十人は殺した時だった。
身体に亀裂が入っていくのを捉えた私は思わず叫んだ。皮膚が裂け、肉が割れ、骨が軋む。恐怖だった。生を奪う者として存在している私ではあるが、自身が滅ぶというその現状に恐怖してしまうところ、私も「人」に気触れていたらしい。
私は元々、呪いを受けていたのだ。
殺生をしたら身体が滅ぶという呪い。それなのに、私は殺さなくてはいけない。その使命に、運命に、天命に、抗うことは出来ない。
どんどん崩れていく私。
腕が落ちようとも、足がもがれようとも、見る陰もなくなるほど朽ちようとも。
私は罪人を殺し続けた。
そんな物語を、私は目の前に座る少年に聞かせる。彼は私を見下ろして聴いているだけで何も反応を示さない。
「私はもう長くない。すぐにでも滅んでしまいそうだ」
胴と頭だけになったこの身。最後の一人を仕留め損なった私は、静かに語る。
「だから、この命を君に託す。私も君と同じだったのだ。私を見て、覚えておくがいい。君の罪は私には裁けないのだから……」
「だから、僕があんたの呪いを引き受けなきゃいけないのか」
「あぁ、そうだ」
そう言えば、私もこの光景に覚えがあった。
少年と言葉を交わすことで、忘れ去られた記憶がよみがえる。
私を殺そうとした人がいた。
でも、その人は出来なかった。私と同じ呪いのせいで、身体が崩れていたのだ。
骨が軋む音を間近で聴き、私は恐怖で竦み上がっていた瞳を狂気の色へと染まったのだ。それが呪いだと気づかなかったあの時間、あの瞬間のことである。
「私が朽ちた後、君の瞳は狂気へと変貌するだろう。この使命を果たさなければいけない。それが君の運命だ」
***
そう言い残すと、彼女は笑みを見せたまま、ごとりと首を地面に落とした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます