2 械底の欠片


 どこか遠くで無数の砲弾が地面を耕している。さながら海鳴りのようにそれは重々しく轟き、立っている床が幾度となく揺れた。

 

 〈エラー?んー、周囲の脅威判定を最大レベルに上げてみてもダメ?〉

 〈……既に行っています。しかし……〉

 〈その少女を殺すことはできない、と。そっかー、まあそういうこともあるよね、所詮機械だし。オッケー、じゃあその辺の応援機を寄越しとくから、そこでバトンタッチってことで。分かった?〉

 〈……了解しました〉

 通信を切断すると自分がいつまでも少女に銃口を向けたままだったことに気づいた。

 最新式の無反動短機関銃。武器の性能がどれだけ良くても使えなければ意味がない。ただのゴミだ。

 鉄でできたゴミをゆっくりと下げると、濁流のようなエラー表示は瞬時に消滅した。

 

 視界が一気にクリアになる。


 そして、見下ろす先には少女が涙目で座り込んでいる。

 ――僕の眼は人を殺す為にある。座標を設定して弾道を正確に演算エミュレートするためだ。

 つまり、この眼で見た人間は須く殺してきた。

 それが唯一の存在理由だから。

 というわけでこれほど長く人間を観察するのは当然初めてのことだった。

 全てがイレギュラー。

 そもそも僕が殺せない人間なんて定義上有り得ないのだから。


 「……な、何で殺さない、の……」

 「敵味方識別IFFのエラーだ。こんなものが無ければとっくに殺してる。……人間、君こそなぜ逃げない?」

 「あ、足、挫いちゃったんだ……。それに――」

 少女はそこで驚いたように僕を見つめてきた。

 当然だ。まさか僕が答えるとは思ってなかったのだろう。

 気がつけば、自身で驚くほどにスラスラと喋った自分がいた。

 例外的存在イレギュラーと喋ることに不快を覚えない自分がいる。

 飛び出た言葉は理性を無視した純粋な意志の結果で。

 酷い言葉を投げかけながら、何故か僕は安心していた。

 いや、安心したような、どこか安心に似たものを感じた。

 「すぐに応援機がここに来る。どっちにしろ君にとってはもうお終い、死ぬまでに僅かな猶予モラトリアムが与えられただけだ」

 「…………そっ、か……」

 なら。少しでも猶予モラトリアムがあるなら。

 「……それじゃ、私の話を聴いてくれない?その応援機とやらが来るまで暇なんでしょ?」

 人殺しのロボットさん。

 掠れたような声で少女はそう呼んだ。

 そうして無理に涙目で微笑むと。

 僕の返事も待たずに、話し始めた――。

 

 ――共和国と帝国の第一次紛争が始まったのは確か、12年くらい前だったと思う。その時、私はまだ4才だったからぼんやりとしか覚えてないけれど、既に戦況は火を見るより明らかだった。兵力、科学力、地理的条件……全てにおいて共和国は劣っていた。

 初等学校に通う頃には毎日のように爆撃機が襲来してこの街――セラフィムを焼いていった。

 

 「知ってる」

 「……まあ聴いてよ。まだ時間あるでしょ」

 

 戦争の推移なんてあえて語ろうとは思わないから省略。

 私は、私たちはとにかく、戦争のせいでえげつないほど苦しい生活だったって訳。

 でも、私はそんな毎日が耐えられないほど嫌だったか、というとそれは違う。

 むしろその頃の生活が一番輝いていた。

 何故って、そんな苦境がぜんぜん何でもないことみたいに思えるくらい、とても大切な幼なじみがいたから。

 私たちは初等学校に通ってる間、殆ど毎日放課後に一緒に遊んでたんだ。

 この廃ビルは私と彼が6年間、一緒に過ごした場所。

 ここで馬鹿みたいにいつも遊んで、馬鹿みたいに笑いあってた――。

 多分両想いだったんじゃないかなって今から考えると思う。いや、間違いなくそうだったと思う。少なくとも私は12才の子供が抱えられる最大限の感情を彼に持っていた。

 苦しい中でもずっと幸せな日々が続いていた。

 ずっと続いてくれればいいのに、って思ってた。

 でも、私だって馬鹿じゃないからいつまでもこんな危ういバランスが保たれていく訳じゃないことは、薄々感づいていた。

 予想通り12才の夏、それはやってきた。

 ついに帝国陸軍の本格的な侵攻が始まった。帝国兵が市街地を徹底的に破壊し、空爆とは桁違いのレベルで人が死んでいった。

 帝国陸軍がこの街に到達した時、みんな散り散りになって逃げ惑った。

 病弱で足が遅かった私を家族が見捨てていったのは薄情だけど、正しい判断だったと思う。

 それで――――。


 「話が長い。結論から言ってくれ」

 「……もうタイムオーバー?……仕方ないなー、じゃあ結論から言うと、幼なじみの彼は帝国兵に殺されたんだよ。私を庇って、銃撃された。その時一緒に逃げ込んでいた、この廃ビルでね」

 「テンプレな展開だな」

 「……そうかもね。それにこんなこと、この戦争じゃ全然珍しいことじゃないしね。多分、もうここは大切な人を失ったひとしかいないよ。……でもさ、さらに理不尽なことにその1週間後に首都が落とされて、第三者の連邦の仲裁で一時停戦条約が結ばれた。その時ほどこの世界を呪ってやったことはないよ」

 ――そして、2年前第二次紛争が勃発した。僕のような機械歩兵オルタナが導入されたのはこの第二次紛争からだ。

 「話は終わりか。じゃあ人間、君はなぜ今この場所にいるんだ?」

 「……約束したんだよ、あの最期の日に。いつかここで会おうって。きっと会えるって。もうこの国のどこにも逃げ場はないし、なら死に場所くらい自分で選びたいから」

 ここで死ねば、きっと空の上で彼に会えるんじゃないかな。

 少女がそう続けて口を閉じ、それからふと思い出したように、さっき取り乱しちゃったのはびっくりしただけの反射的な行動だから。死なんて怖くないんだよ、と付け加えた。

 ――呆れる。天国なんて存在しないんだ。まやかしなんだ。弱い人間の恐怖を紛らわすための作り話に過ぎないんだ。

 嗤いたかった。無い心の底から嗤ってやりたかった。

 でも、そんな事は出来なかった。

 同時に僕は何故か――本当に何故か、少女との会話を通して安心していた。会話すること自体で、安心や安堵に似たものを感じていた。

 だから、僕は何か別の言葉を探した。いや、その言葉を言い掛けた――。





 「はい、時間切れ。バトンタッチですよ」

 



 振り向いて確認する前に分かった。応援機――帝国の機械歩兵オルタナがようやく到着したのだ。

 応援機はゆっくりと着地し、銃――最新式の無反動短機関銃――を鷹揚に取り出した。

 

 刹那、引き金が引かれる。その動作には全くためらいがなく――――――









  

 右腕が宙を舞っている。

 数間遅れて衝撃が突き抜け、思わず倒れた。







 


 ――あまりのことに何も理解できない。

 ただ、自分が撃たれたのだと、この「応援機」に撃たれたのだと、それだけが辛うじて飲み込めた。

 いや、それさえも信じられない。

 なぜ……なぜ……!

 

 「機体50ー39XXR――ブラッディ・ブラッド、作戦司令部からあなたの破壊命令が出ています」


 僕と全く同じ顔を持ち、全く同じ姿で。

 全く同じ声でその機械歩兵オルタナは高らかに宣言した。

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